カモミール
 彼は戸棚からグラスを取り出し、冷凍庫の氷を入れて焼酎を注いでくれた。私は彼の向かいの椅子に腰を下ろした。

「はい、どうぞ」

「どうも」

「タバコの臭い、平気?」

「気にしませんよ」

 ロックを一口飲む。喉元に焼けるような熱さが通り抜ける。鼻につんと来る焼酎の香り。私はロックを一気に飲み干した。慣れない焼酎ロックに思い切りむせた。

「大丈夫かあ?やけ酒はやめとけよ?」

 なぜだか分からないが、彼の言葉で突然ポロポロと涙がこぼれ出た。

「どうした?」

 急に泣き出すアラサー女に驚いていることだろう。私も驚いている。元彼に対する怒りの涙。なんで今になって出てくるのか。昨日の涙とはまた違った涙だ。

「悔しい…」

「胸貸そうか?」

「いいです」

「辛いときはまわりに頼れ。好きなだけ泣け」

 ぶっきらぼうでシンプルだが、その言葉の温かさにまた涙がこみ上げてくる。

「やっぱり、胸借りていいですか?」

「どうぞ」

 彼はタバコを灰皿の上でもみ消した。

「こっちおいで」

 私は彼の隣の椅子に座った。彼は自分の座る椅子を私に引き寄せ距離を近づけた。彼の胸にもたれかかるとタバコと焼酎の匂いがした。

「我慢すんな。声出して泣いていいから。気が済むまで泣け」

 彼の低く厚みのある声が彼の胸元で響く。彼は私の頭を抱くように手を回した。頭を撫でられ堪え切れずわんわんと声を上げて泣いた。ステテコに肌着一枚のおじさんの胸で泣いている。しかも胸毛生えてるし。小さい子をあやすように、私の頭をポンポンとゆっくり撫でてくれる。しかし彼は相変わらず焼酎を飲みながら新聞を読むのを止めない。慰めるのも片手間らしい。傍目から見てもまったくおかしな状況なのだが、私は彼の胸に心地良さを感じてしまっていた。
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