カモミール
 月のきれいなある夜だった。真崎さんが私の部屋のドアをノックした。

「いい酒が入ったんだけど飲む?」

 私は真崎さんに付き合うことにした。ダイニングテーブルに置かれているボトルには「長期貯蔵秘酒」というラベルが貼ってあった。

「焼酎ですか?」

「そ。芋焼酎。酒好きの常連客からもらったの」

 グラスを取ろうと思い戸棚を開くと、上段に女の子の写真が飾ってあることに気づいた。小学校中学年くらいのロングヘアの女の子が写真の中で笑っている。

「こんな写真ありましたっけ」

「ああ、ずっとあったよ」

「この子、誰ですか?かわいいですね」

「そうだろ」

 彼は私からグラスを受け取って水割りをつくった。

「美晴ちゃんも水割りでいいか?」

「はい」

 水割りにしてもロックにしても、水と焼酎の割合にこだわりがあるらしく、いつもつくってもらっている。私たちは向かい合ってダイニングテーブルに座った。

「今日もおつかれ」

「おつかれさまです」

 カチンとグラスを軽く当てて乾杯した。

 写真の女の子が誰なのか、すぐに答えてくれなかったのではぐらかされるのかと思ったが、彼はその女の子のことを話し始めた。

「あの写真の子、俺の娘なんだ」

「ご結婚されてたんですか?」

 てっきりずっと独り身なのかと思っていた。恐らく40歳も過ぎているだろう。結婚歴があって子どもがいてもおかしくない年齢だ。

「事故で亡くしたんだ。10歳だった」

「え?」

 予想していなかった彼の言葉にドキリとした。彼は訥々と語り始めた。

「俺は車の助手席に娘を乗せて買い物に行く途中だったんだ。信号無視で交差点に突っ込んできたトラックと衝突。俺は軽傷で済んだが、娘は即死だったよ」

 彼はタバコに火をつけて一口吸った。ふーっと長い息を吐いて次の言葉を紡いだ。
< 15 / 24 >

この作品をシェア

pagetop