カモミール
 もうカモミールにはいられないなと思った。真崎さんは今までと同じように私に接してくれるが、あの日の一件以来私はずっと気まずい。ぼちぼち貯金もたまってきているのでそろそろ引っ越しをしよう。私は引っ越しをする旨を彼に伝えた。

「え、出てくの?」

 彼は、私がずっと住み続けるのが当たり前だと思っていたとでも言うかのように、目を見開いて(眉の動きで分かった)素っ頓狂な声を上げた。

「いつまでもお世話になってばかりじゃいられないので」

「もう部屋決まっちゃった?」

「いや、まだ物件すら探してないですけど」

「そっか。出ていく日が決まったら教えてね」

 しかしあっさりと私の引っ越しを受け入れる。


 部屋を出ていくと言ってから2週間ほどが経ったある夜、この日もやはり私たちはダイニングテーブルに向かい合って座り晩酌をしていた。

「新居探しは進んでる?」

「今週末内見に行きます」

「そうか」

 彼はタバコを一息吸って煙を吐いた。

「あのさ、もう美晴ちゃんの前ではサングラスしないよ」

 いきなりの「サングラスしない」宣言に、彼が何を意図しているのかよく分からなかった。

「この前美晴ちゃんに言われて思ったんだ。娘のことは吹っ切れたつもりでいたけど、サングラスで過去を隠してるって言われて、その通りかもしれないって思ったよ」

 彼は俯き加減に笑って言った。

「だから、ここにいてくれないか?」

「あの、それって結局どういう…?」

 彼はタバコを消してサングラス越しに私を見つめた。

「だから、俺も好きだって言ってんの」

「誰を?」

「美晴ちゃんに決まってんでしょうが」

「え、え――?だって、大切なものを失うのが怖いとかって、それってもう好きな人とかつくらないのかと…」

 それを承知で告白してしまった私も私なのだが。
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