カタストロフィ

婚約者 ⭐︎



イングランドに短い夏が来た頃、シェフィールド家の三男ダニエルがミラノから帰ってきた。
半年前の帰省や春先の短い帰省とは違い、今回はスカラ座からもぎ取ってきた夏季休暇を利用しての帰省である。

一週間あるかないかの滞在中にやるべき事はたくさんある。
まずは兄マーカスの婚約発表のパーティーに出席すること。
次に、レイモンドを失ったことで今まで以上に寝込むようになってしまった母ジェーンを見舞うこと。
そして最後に、最も重要なこと。
愛しい婚約者の様子伺いだ。

兄夫婦が亡くなったことにより結婚が延期になってしまったが、ユーニスはそれを当たり前のこととして受け止めるだけで不満は一切漏らさない。
その態度にありがたさと愛おしさを感じるが、ダニエルとしては一日でも早く結婚したかった。
子供を望むならユーニスの年齢はかなりギリギリなのだ。


(年末に式が挙げられるならどこにも角は立たないんだけど、仕事があるからなぁ)


毎年12月7日は、ダニエルの職場であるスカラ座のシーズン開幕の日である。
劇場関係者にとっては一年で最も忙しく、華々しい日だ。
観客の顔触れも普段以上に豪華であるため気が抜けない。
ヨーロッパツアーのために休みを取った去年が例外だっただけで、スカラ座にいる間はダニエルも12月は忙しくなる。
結婚を理由に休みを取るなど、出来るはずがない。

(やっぱり4月かな。あるいはユーニスにイタリアまで来てもらって、ミラノで挙式するか)

互いに友人と呼べるほど付き合いの深い人間はいないし、ユーニスに至ってはまず身内もいない。
これも有りかもしれない、と楽しい未来を妄想しているうちに、ダニエルを乗せた馬車は実家の門前に止まった。
明日に控えているマーカスの婚約発表の準備に忙しいのか、ダニエルを迎えに来たのはアンを筆頭にした若いメイド3人だけである。


「おかえりなさいませ、ダニエル様。お荷物はそちらだけでしょうか?ずいぶんと少ないですわね」

「ただいま、アン。今回は一週間ほどしか居ないからこれだけだよ」


後輩に良いところを見せようといつになく澄ました顔のアンをからかうのを我慢し、ダニエルは旅行鞄を預けた。
中に入っているのは3日分の着替えと身の回りの細々としたものだけだ。


「婚約発表は身内と特に付き合いのある家だけでやるんだろう?わざわざ礼服を持って来るのも面倒だし、必要になったら父上のを借りるさ」

「あら、なら今日にでもご主人様にお伝えしなくては。確かに当家は付き合いのあるいくつかの家しかお招きしておりませんが、マクレガー子爵のお客様にはスコットランドの公爵様とヘブリディーズ諸島の有力者がいらっしゃるんですって!あまり砕けた場にはならないと思いますよ」

「え、そうなのか?ユーニスからの手紙にはそれは書いていなかったぞ」

「一昨日知らせが来たんですもの、お知らせしようがありませんわ。もうみんなてんてこ舞いですよ。いきなり来客が増えたんですから」


プリプリと怒った様子で鞄を抱えて歩くアンをなだめ、ダニエルはあることを思いついた。
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