カタストロフィ


マクレガー子爵令嬢キャロラインの見た目は、上流階級の娘を絵に描いたようなものだった。薄いブルーの瞳、華奢な体躯、平均的な身長に何度も会わなければ忘れてしまいそうなほど没個性的な、しかし美人と言えなくもない顔立ち。
ありふれたパーツばかりの彼女だが、春の花々を想起させるストロベリーブロンドの髪だけは実に珍しい。
本人もそれを自覚しているのか、よく手入れされた髪は見事な輝きを放っていた。

まだ18歳と年若い彼女は、この婚約に乗り気では無いらしい。
時折マーカスと言葉は交わすもののまったく会話が続かない。
貴族令嬢らしくたおやかに微笑んではいるが、その目が退屈に澱んでいることは明らかだった。

パーティーも終わりに近づいたその時、ダニエルはメイドに合図を送りピアノに楽譜を置かせた。
同時にメアリーがピアノの前に進み出て、二人の婚約を祝い一曲披露すると宣言した。
当のマーカスはというとポカンと口を開けてメアリーを見つめている。
キャロラインの退屈そうに倦んでいた瞳がわずかに輝いた。

掴みはばっちりであることに安堵し、ダニエルはヴァイオリンを片手にサロンの壁際から真ん中に進み出る。
ユーニスにしっかりと仕込まれているため、メアリーのピアノの音色は彼女とかなり似ており、突発的な合わせでもやりやすい。

なるべく明るく、結婚を寿ぐようなめでたい曲を、と考えた時にダニエルが思いついたのは2曲だった。
しかし内1曲は、結婚前夜に自らユーニスに弾いて捧げたいと思っているため、今日選んだのはもう一つの曲である。

これから弾くのは、シューマンが作曲した連作歌曲集《女の愛と生涯》より、2番だ。
恋した男性を称賛する美しくも華々しい曲。
マーカスもキャロラインも、互いに恋心など抱いていないだろう。
新しい事業の為の政略結婚である以上そこは仕方がない。
だが、少しでも二人の気持ちが前向きになればと願い、ダニエルはこの曲を選んだ。


短い前奏に被せるようにして、ダニエルはヴァイオリンの音を滑らせる。
声楽のように豊かな倍音は出せないが、息継ぎをしなくても良い分音が途切れる心配はない。
何度かメアリーとアイコンタクトを取りながらも、マーカスとキャロラインの心を結びつけられるよう、ダニエルは無心で弾いた。
そして無事に演奏を終え、メアリーをエスコートして一礼すると、マーカスがキャロラインを伴ってこちらに向かって来るところだった。


「ダニエル、メアリー、二人ともありがとう。僕は良い弟と妹を持ったと強く実感したよ。キャロラインもずいぶんと感動していた。二人の演奏を聴いて、ずっと目を潤ませていたんだ」

「ええ、ええ!本当に……言葉にならないほど素敵な演奏でしたわ」


うっとりとした様子で目を潤ませるキャロラインの視線は、ダニエルだけに向いていた。
その眼差しは大変見覚えのあるもので、ダニエルの背筋は凍りついた。

(もしかして余計なことをしたかもしれない。いや、でも僕の勘違いかもしれないが……)

程なくして視線は外れ、キャロラインはメアリーに親しげに話しかける。
その和気藹々とした様子を見て、ダニエルは内心抱いた違和感に蓋をすることにした。

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