カタストロフィ

夜襲 ⭐︎



寝付きが悪いからと、厨房から寝酒をもらうようになり数ヶ月が経つ。
特にここ数日は連続で厨房に通っているからか、シェフだけではなく下働きの下男たちにまで健康を心配されている。

そういった心遣いをありがたく思うと同時に、自分がどれだけこの屋敷に馴染んだのか痛感する。

「ここでの暮らしも、もうすぐ終わりね」

まだ湯気が立って暖かいホットバタードラムを一口含み、ユーニスはしんみりと呟いた。
この屋敷に来て、もう8年が経つ。
人生の中で、これだけ長い間一つの場所に居続けたことはなかった。
だからだろうか。
もはやシェフィールド家はユーニスにとっては単なる職場ではなく、実家のように感じられる場所となっていた。

次の仕事先についてはシェフィールド伯爵が斡旋してくれることが決まっている為、今後の心配は無い。
破格の待遇で迎えられていた為、貯金もかなり出来た。
独り身の女にしては、かなり上等な暮らしぶりだ。
何も困ったことは無い、はずなのだが……。


ぼんやりとしているうちに、ホットバタードラムが少し冷めてしまった。
先ほどよりも大きく一口飲み干し、ユーニスは深くため息をついた。


「いつまで居るのかしら」


今日の昼下がりに、ダニエルが帰って来た。
帰国した為帰省すると手紙が来たのは先週で、その唐突さに愚痴をこぼしながらもシェフィールド伯爵夫妻とメアリーは大変喜んでいた。
空気を読み、その場では笑顔で喜んでいるフリをしたユーニスだが、一人になった瞬間に声にならない叫びが出た。

会いたくない。いや、会わせる顔がない。

メアリーをお披露目したお茶会で彼の醜聞を知ってからは、贈り物も手紙もすべて送り返して彼の好意を受け取ろうとはしなかった。
いつからか、手紙はおろか出掛け先からの葉書すら来なくなった。
その事に安堵するどころか余計に気持ちが不安定になり、ユーニスは日に日に寝不足になっていった。
そして深い眠りを求めて寝酒を飲むようになり、酒量はどんどん増えていった。


最後の一口を飲み終え、体が温まったのを実感してから、ユーニスはのそのそとベッドに潜り込んだ。
掛け布団の中で手足を丸め、明日以降どうやってダニエルを避けようか思案するが、今日のカクテルはラムが濃かったようで、いつもよりも眠気が早く来た。

何も考えずに眠りに落ちる幸せに包まれ、ユーニスはあっという間に夢の中へ入り込んだ。


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