カタストロフィ


「久しぶりに帰って来たと思ったら、なんてことを仕出かしたんだ!」

重苦しくため息をつき眉間のシワを揉みほぐす父に、ダニエルは悪びれることなく言った。

「ご安心ください。責任は取りますから」

「そういうことを言っているのではない!」

間髪入れずに怒鳴られた為、神妙な面持ちで沈黙に走る。
さすがに力技が過ぎたか、と内心反省し始めていたが、ダニエルはそれを顔には出さなかった。

遡る事10分前、朝食が終わるタイミングを見計らい、ダニエルは父ジェイコブの書斎に赴いた。
シーツに薄く散らばった薄紅色の痕跡を広げて見せ、ユーニスの純潔を奪った為責任を取り結婚すると宣言したのだ。

結果、ジェイコブは人生で一番と言ってもいいほど驚き、ダニエルに雷を落とした。
受け皿とティーカップを床へ落として粉砕させてもまったく気にせず、息子の下半身のだらしなさを糾弾したのである。


「例え貴族ではなくともお前は紳士と呼ばれる立場の者だ!それが、こ、こ、婚前交渉など!フランスなんぞに行かせるのではなかった。あんな破廉恥な国に留学させたから、風紀の乱れた生活を送るようになったのだ」

「お言葉ですが父上、世の男たちに比べれば僕はまだマシな方です。お付き合いした女性はたった3人、いずれの方とも後腐れなく別れていて今は完全に自由の身。フレッチャー先生の純潔を散らした責任ならいつでも取れます。明日にでも婚約発表出来ますよ」

「黙れ青二才が!!!だいたいフレッチャー先生のご意向は?まさか無理矢理抱いたのではあるまいな!?」

「色々あって消極的ではありましたが、最終的には同意のもとでした。決して無理強いはしておりません。それよりも早く結婚の許可をください。こうなった以上は一日でも早く入籍することが彼女の名誉の為になりますから」


毛ほども反省していないその態度を見て、ジェイコブはどこでこの息子の教育を間違えたのかと苦々しく思った。
次いで、この問題児の教育係はユーニスであり、そのユーニスをスカウトしたのは自分であったことを思い出した。


「だいたい、もう何年も前のこととはいえ女家庭教師(ガヴァネス)だった方と関係を持つなんて健全とは言えなかろう。いつから彼女に懸想していた?」

「さあ……ただ、僕の方はもう何年も彼女だけを見てきました。お付き合いしている人が居た時ですら、僕の心は彼女のものだった」


もとよりジェイコブはダニエルの結婚を受け入れるつもりであった。
だが今は、受け入れるしかないに感情が変わりつつある。
ノーと言えば何をするかわからないほど、ダニエルの目は狂気に満ちていた。

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