アンドロイド・ニューワールドⅡ
『詐欺じゃないよ。緋村です』

と、奏さんは言いました。

しかし、私は用心深いアンドロイドですから。
 
うっかり高額な味噌を売りつけられないように、しっかり対策を講じます。

「あなたが奏さんだと言うなら、自らが奏さんであると、証明出来る何かを教えてください」

『瑠璃華さん、この間連れて帰った金魚…マグロとサーモンとキンメダイは元気?』

と、奏さんは聞きました。

成程、そう来ましたか。

確かにこれらの情報は、奏さんでなければ知らないことです。

「はい、元気です。元気に餌を食べて、すくすく成長しているところですよ」

『それは良かった』

「あなたは、間違いなく奏さんですね」

『そうだよ。信じてもらえて良かった』

と、奏さんは言いました。

今度から、何か符牒を決めておくべきですね。合言葉のような。

そうすれば、毎回電話が掛かってくる度、オレオレ詐欺ではないか、高額な味噌販売ではないか、と疑う必要はなくなります。

「それで奏さん、今日は何の御用でしょうか」

『あ、うん…それなんだけど…』

「はい?」

『瑠璃華さん、今…暇?』

と、奏さんは聞きました。

私が今、暇を持て余しているかどうかについての質問ですね。

「残念ながら、私は今、暇ではありません」

『えっ…。そ、そうなの…?』

と、奏さんはちょっと驚いたような、

そして、残念そうな声で言いました。

私は常に暇を持て余している、所謂暇人だと思われていたのでしょうか。

私に心はありませんが、心外です。

私とて、暇でないこともあります。

『そ、そうか…。そうだよね。瑠璃華さんにも、用事くらいあるよね』

「用事?いえ、用事という訳ではないんですが」

『え?じゃあ何してるの?』

と、奏さんは聞きました。

「現在は、人間観察の為、隣家の夫婦喧嘩を鑑賞しているところです」

『…は?』

と、奏さんは電話越しに、首を傾げた様子です。

説明不足だったでしょうか。

「隣家には中年の夫婦が住んでいるのですが、あの二人はほぼ毎日のように夫婦喧嘩を繰り広げています。あれだけ喧嘩をするというのに、何故未だに離婚していないのか、私には理解しかねます」

と、私は説明しました。

きっと、どれだけ喧嘩をしていても、あの二人には、一緒に暮らすメリットがあるのでしょう。

それとも、喧嘩するほど仲が良い、ということなのでしょうか。

不思議な格言です。

しかし、今日の喧嘩は、いつもよりハードな模様です。

「喧嘩が起きたきっかけは、およそ二時間前。恐らく昼食を食べ終わった後の皿を、夫が皿洗い場のシンクに入れなかったことが原因と思われます。『ちょっと!皿を水に浸けとけって言ったでしょ!』という、妻のこの一言から、喧嘩が勃発しました」

『…』

と、奏さんは無言です。

ちゃんと聞いているでしょうか。
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