アンドロイド・ニューワールドⅡ
ともあれ、奏さんのお陰で。

目の前にあるこの桃が、桃のトゥルーフォームだと分かりましたので。

いざ、狩りに入りましょう。

「では早速私が、桃を狩ってみようと思います」

「はい、どうぞ。…どれが良いかな?折角なら柔らかくて、甘いのが良いよね」

と、奏さんは言いました。

柔らかさや、糖度も大事ですが。

「出来るだけ、大人しい桃が良いですね。抵抗されると危険です」

「桃が何の抵抗をするの…?」

「枝からもぎ取った途端、狂ったように暴れられたら困るでしょう?」

「…ホラー映画じゃないんだから…」

と、奏さんは言いました。

どういう意味ですか、ホラー映画って。

それはさておき。

「よし、私はこの桃を狩ります」

と、私は言いました。

私が狙いを定めたのは、少し小振りで、ピンク色に熟した桃です。

この桃なら体躯も小さめなので、抵抗されても、比較的容易く抑えられるでしょう。

「はい、頑張って」

「応援ありがとうございます。危険ですから、奏さんは離れていてください」

「うん。大丈夫だから、ここで見てるよ」

と、奏さんは言いました。

なんと。豪胆ですね奏さん。

危険を承知の上で、この場から離れるつもりはない、と。

では、奏さんの勇気に応え。

もし万が一のことがありましたら、私が奏さんを守ることにします。

私はそっと手を伸ばし、果実と枝を繋ぐ部分を、チョキンと切りました。

ぽてん、と手に落ちる桃。

…。

…。

…。

「…何の抵抗もありませんね」

「…だから、そう言ったじゃん…」

と、奏さんは言いました。

びっくりするほど、何の抵抗も受けませんでした。

どうやらこの桃は、随分諦めが良いようですね。

陸にあげられた魚の方が、もっと激しく抵抗しますよ。

きっと、植物にも個性があるということなのでしょう。

「では、今度はあちらの…もっと大きな桃に、狙いを定めます」

と、私は言いました。

私の指差す先には、先程収穫した桃の、およそ1.5倍はありそうな、大きな個体があります。

あれほど大きければ、きっと抵抗も凄まじいことでしょう。

今度こそ、闘牛のように暴れ回る桃の姿を見ることになるでしょう。

想像しただけで、危険極まりないですね。

出来ることなら、奏さんには退避していてもらいたいのですが。

私が必ず守ってくれると確信しているのか、奏さんが逃げる様子はありません。

そこまで信頼してくださっているなら、その期待には応えなければなりませんね。

では、改めて。

この大物を狩ってみることにします。

チョキン。

…ぽてん。

…。

…。

…。

「…何も起きませんね」

「だろうね」

「…もしかしてなのですが、奏さん」

と、私は言いました。

ふと思ったのです。この、桃という生き物は。

…別に、何の危険もない植物なのでは?

「私は、何かおかしな誤解をしていたのかもしれません」

「やっと気づいてくれて、俺は嬉しいよ、瑠璃華さん」

と、奏さんは微笑みを浮かべて言いました。

なんということでしょう。

事前に本を読んで、知識を蓄えておかなかったツケが、今になって回ってきたということなのでしょうか。
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