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「まあ、入れ替わる気がねぇなら、俺じゃなく兄貴に言え」


「でも、私、今スマホなくて一枝さんと連絡取れない」


そう答えて、前に似たようなやり取りをした事を思い出した。


「兄貴、まだ仕事中だからな」


スーツのポケットからスマホを取り出し、
永倉さんは首を傾げている。



「一枝さんって、一体何者なんですか?」


ずっと謎だったけど、今回もそうやって、
その入れ替わり先だという女性の多額の借金も、綺麗に清算してくれるなんて。



「お前、知らねぇのか?」


「はい。一度、知り合ってすぐに、一枝さんの名前をネットで検索した事はあるんですけど。
特に引っ掛かる事もなく」


そこまで本気で検索したわけではないけど。


「引っ掛からねぇわけないと思うけど」


「"永倉一枝"と"居酒屋"で検索したんですけど」


「なるほどな。
兄貴は俺達と名字が違う。
兄貴は今の事業を始めてすぐ、親戚の養子になってる。
うちの父親がヤクザだから、まあ、その辺りの事情でな」


「そうなのですね」


ほんの少し、その事情に共感のような気持ちが湧いた。


「お前も入れ替わって、人生やり直せ。
その女、お前よりも4つ年齢が上だが、お前は年より上に見えるし構わねえだろ?」


私は老けているのだと、言われているのにちょっと腹が立つけど。


この人なりに、私を心配してくれているのだな。

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