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「永倉さん、もし、永倉さんが死んだら。
永倉さんの大切な女性が、他の男の人と幸せになったら嫌ですか?」
「なんだ?その質問?」
なんとなく、訊いてしまったけど。
この人はヤクザだから、自分が死ぬ事を一般の人よりも考えた事がありそうな気がして。
「もしも、です。
嫌ですか?」
「俺には大切な女はいねぇけど。
もしそうなれば、死んだ俺の事なんてさっさと忘れて、
他の男と幸せになればいいって思う。
だって、俺はもう死んでいないんだろ?」
「はい」
「なら、どうでもいい。
死んだら終わりだ。
お前の男もそうだろ」
死んだら、終わり、か。
一枝さんに私が取られそうになって、蒼君はあれ程必死で私を追ってくれたのに。
なのに。
動物園でのあの約束の時。
もう、死ぬ事を考えていたから、私をそうやって手離すような事を口にしたのだろうか。
「つーか、俺はもう帰る」
そう、永倉さんは立ち上がる。
私はまだ床に座ったままだからか、
本当に背が高い人だな、と圧倒される。
「帰るのですか?」
べつに、引き留めたいわけじゃないが、
ほんの少し、淋しいような気持ちになった。
「ああ。
兄貴にお前に指1本でも触れたら、殺す、って言われてるからな。
変な気が起きる前に、帰る」
殺す、か。
普通なら、冗談なのだろうけど。
一枝さんなら、それが冗談ではないよう聞こえてしまう。
「でも、もし、その入れ替わりの話受けるなら、お前は一生兄貴のペットだな」
そう、鼻で笑われる。
ペットか。
確かに、この話を受ければ、一枝さんには返し切れない程の恩を受ける事になる。
そもそも、断ったらどうなるのだろう?
だって、もう一枝さんはその女性の借金を全額清算したわけだから。
もし、私が断ったら、一枝さんはそのお金を払い損?
「お前がよっぽど不義理な人間なら、兄貴にハッキリと断れよ」
やはり、断る事はそういう事か。