シンガポール・スリング
返信しなければよかった。
メッセージをもらった時点で、無視しなかった自分に腹が立つ。
ソファーに座って日本のファッション雑誌をペラペラ流し読みしているシュンリンと目を合わせないようにしながら、レンは大きなため息をついた。
日本に来たシュンリンを見て、未希子が逃げ出してしまったのはつい最近のことだ。あの時は速攻シンガポールに送り返したが、今回は仕事での来日らしい。
来日と言っても買い物やら何やらで日本にほぼ月1で来ている。時間があれば食事に連れだしたり時々部屋を使わせたりしていたが、お互い婚約者がいる身となり、そういうのは止めようと話した結果がこれである。
確かに中国人は家族を重んじる。
家族や親戚が来るとなれば、ホテルに泊めさせるなんて逆に非常識だ。だが今は未希子と一緒に生活していて、誰にも邪魔はされたくない。
それが家族であろうとも。
レンはシュンリンのためにリッツを予約すると言ったが断わられた。そして、仕方なく実家に電話を掛けたが、母方の家族が来ていて部屋がないという。
「レンの家は三部屋もあるんだから、問題ないじゃない」
大有りだ。
何としても阻止しようとあらゆる交渉をしてきたが、午後6時半の時点では交渉決裂のままだ。
「わかった・・・・俺と未希子がホテルに泊まるから、シュンリンは家に泊まればいい」
手に持っていた雑誌をバンッと閉じ、射すような眼でレンを睨んだ。
「何それ?すごく嫌味に聞こえるんですけど」
もちろん嫌味だ。
「他に方法がないだろう?」
「どうしてよ?今までだってレンの家に泊まってたでしょ?問題なかったじゃないの」
「アランが気にする」
「レンだけなら気にするかもしれないけど、未希子がいるじゃない。心配することなんて何もないわ」
心配だらけだ。
シュンリンとのことがあって以来、未希子の前でなるべく彼女の名前を出さないようにしている。あの後電話でシュンリンが未希子に謝り、未希子も気にしていないと言っていた。しかし仕事でシュンリンの会社と連絡を取り合ったりしなくてはならず、どうしても彼女との接点が増えてしまう。インターネット上では今でもでたらめな報道が出回っていて、その度に謝っているが、未希子は大丈夫だと笑顔で返してくる。
その未希子の“大丈夫”が全く信用できない。
レンは今目の前にある難題をどう解決すべきか頭を抱えていた。