シンガポール・スリング
シュンリンはモデル業もやっているためか、サンプルをよくもらうと言う。その夜着ていた白いぴったりとしたドレスはファッションショーでのサンプルらしく、シュンリンの身長と長い足を際立たせたセクシーなドレスだった。それでも、レンにとってはターコイズブルーのドレスに身を包んで、照れてすぐ赤くなる未希子のほうが何倍も色っぽく映っていた。
「パパラッチが来てるわよ」
「物好きだな」
「日本の御曹司が今日は一体どこのご令嬢をモノにするのか気になるのよ」
レンはどこの誰がそんなものに興味を持つのかまったく理解できなかった。誰が誰と一緒に食事をしただのどうでもいいことではないか。最初のころは写真を撮られることを気にしていたが、そのうちどうでもよくなって、見向きもしなくなった。
「おい、着いたぞ」
なんでまたレザミにシュンリンと来なくちゃいけないんだと思いながら、車から降りてくるシュンリンに手を差し出した。シュンリンは迷うことなくその手を受け取り、優雅に車から降りた。
未希子をレザミに連れて来ても良かったな。
シンガポールのフレンチと言えばレザミと言われるほど有名で、五感をフル活動させるだけでなく、その五感それぞれを満足させてくれるレストランでもある。ここの料理をみたら、あの小鹿のような眼をした彼女はどんな表情を見せてくれるんだろう。レンはシュンリンに見られていることすら気づかず、思いにふけっていた。
シュンリンはレンを見ながら昼間と違うレンの様子に今まで以上に興味を引いた。
「さてと、ここだったら誰にも邪魔されずに話ができるわね」
「食事に来たんだろ?」
「またそんなこと言って!隠さずに話してちょうだい」
「シュンリンに話すことなんて特にないさ。そっちは?」
「フフフ。あるのよ」
「・・・だろうな。だからレザミに呼んだんだろうが。なんだよ」
「プロポーズされちゃった」
「は?」
「だから、プロポーズされたの」
目をキラキラさせながら、シュンリンは両手を頬に当ててうっとりとした表情をレンに向けた。
「誰に?」
「フフフ」
「誰だよ?」
「誰だと思う?」
「知るわけないだろう。ご両親はいいって?」
途端にシュンリンは怪訝な顔をして、なんで両親の許可がいるのよと眉をひそめた。
「だって、シュンリンは一人娘だろう?ご両親はやっぱり・・・」
「両親の一番の願いは私が幸せになること。そしてその幸せは私が決めるの。まぁ一応両親に話した後、チェックは入ったんだけどね」
苦笑いしながら話すシュンリンだったが、内側からあふれ出す輝きを隠すことはできなかった。
「よかったな。おめでとう。で、その幸運を勝ち取った男はどこの誰なんだ?」
シュンリンはニコニコしながら、レンのほうを見つめていた。
「言えよ」
それでもシュンリンは何も言わない。
「言う気がないなら、デザートはつけてやらないからな」
それは無理なんじゃないかな~と言いながら、シュンリンは手を口元に当てて必死に笑いをこらえようとしている。レンはふと誰かが後ろにいる気がして振り向くと、そこにはシェフの格好をした長身の男が申し訳なさそうに立っていた。両親のどちらかが白人なのかダークブルーの目を持ち、男のレンから見てもかなり整った容姿だと思った。
「すみません、気づかずに」
「いえ、Mrリン。今声を掛けようとしたところです」
男はレンに頭を下げたが、シュンリンの方には目を向けなかった。
「私、ここレザミでデザートを担当させていただいている、アラン・チョウと申します。それと・・・」
「わたしのフィアンセなの」
シュンリンは立ち上がるとすっとシェフの隣に立ち、自分の腕を絡ませて、にっこり笑った。
「フィアンセって・・・ここのシェフだったのか?!」
「そうよ」
「だから、ここに予約するようにって・・・」
「だってそうすれば、紹介もできるし、食事もできるし、売り上げも上がるし」
アランの顔を見上げてうっとりしているシュンリンに対して、アランは顔を少し赤めながら、視線をずらし違う方向を見ていた。そんな二人を見てレンは純粋にうらやましいと思った。お互い愛し合って、自分たちの意思で未来を築こうとしているのが、はっきりと伝わってくる。
「Mrリン。お忙しい中、当レストランにお越しいただきありがとうございます。今日のデザートはチェスナッツとカシスのタルト、ソルティーキャラメルのジェラート、それからフォンダンショコラを考えております」
「盛りだくさんだな」
「い、いえ・・えっと・・・・・シュンリンが」
アランは真っ赤になって言い訳しようとしている。レンはふっと笑い、気にしないでください。楽しみにしていますと言うと、アランはホッとしたような様子で、一礼してキッチンへと戻っていった。