シンガポール・スリング
・・・・・・
レンはいらだっていた。
最初の1週間は無言の怒りだったが、次の週は“はっきりと”怒りを周囲に表すようになった。
「あっちが書類契約後に追加事項を挙げて来たんだろう。承認サインしておいて、勝手なことばかり」
「最終ドラフトが木曜日というのは変更なしでよろしいですよね」
「ああ。延滞金をちらつかせているんだ。こんなふざけたことに足止めを食わされたくない。チェンに連絡して、再度リーガルチェックを依頼しておいてくれ」
「わかりました。それと、先ほどマダム・リンから連絡がありました」
「忙しいと伝えたんだろうなっっ!」
レンは秘書に怒鳴っても仕方がないのはわかっているものの、自分を押さえられず、つい手元の書類を机にたたきつけた。秘書は一瞬肩を竦めたものの、何事もなかったかのように時間が作れないことを報告したと淡々と伝えた。
「・・・・すまない」
「いいえ。それから会長から連絡があり、1時・・・あと10分ですね。ビデオ会議を行いたいと。1時半から予定していた企画推進部のプロジェクトを2時に変更しておきましたので、申し訳ありませんが、1時45分から15分のみですが昼食時間を取らせていただきました。クラブサンドイッチでよろしいですか」
「ああ。話が長引くようなら、45分に声をかけてくれないか」
「もちろんです」
秘書の宮本は一礼をし、部屋を後にした。
レンは一人になると、鼻根を指でつまみ軽くマッサージをした。先々週には日本に帰国し、未希子と会っているはずだった。それが会議でプロジェクトの担当者でもある国家開発相の補佐官から追加受注を受け、レンの会社は寝ずの作業に追われていた。その作業の中、データ解析を行いレンの会社のサポートに入ったシンガポールIT企業がシュンリン・チョウの会社だった。シュンリンとは遠い親戚にあたり、住んでいる国は違うが、お互いよく知った者同士だったので、スムーズに仕事を進めることができた。シュンリンのサバサバした性格と率直な話し方はレンにとって付き合いやすく、お互い時間があれば近況報告をしたり、春節の時には家族ぐるみであいさつに行ったりするほど仲が良かった。シンガポールを東南アジアの出発地点に決めたのも、シュンリンの家族とのつながりが大きな理由の一つだった。
「レンの会社がうちの国にまでしゃしゃり出てくるなんて、いい度胸してるじゃない?」
「シュンリンの会社ほどではないさ。まぁ今回のプロジェクトは自分たちにとって東南アジア進出のための大切な布石となるからな。データ解析、本当に助かってる」
「フフフ。そりゃあ、ウチだって今後のために一枚かんでおかないとね。まぁ声をかけてもらったって言うのもあるんだけどね」
ペロッと舌を出して笑ったが、すぐにいつものレンとは違うことに気づいた。
「どうしたの?何か変よ?うまく行ってると思ってたんだけどそうじゃないの?」
「いや、今のところうまくいっている。期限内までに終わるはずだ」
「なら、なによ?レンらしくないじゃないの。言ってちょうだい」
一瞬、彼女に目をやったが、何でもないと目をそらした。
「気になるじゃないの!!教えなさいよ」
「嫌だ」
「何ですって!なら、レザミに連れて行って」
「はぁ?俺は忙しいんだ。そんな暇はない!」
「時間は作ってちょうだい。レザミの予約もお願いね」
「ふざけるな!」
「ふざけていません。今夜7時半にレザミでよろしくね」
一度言ったら、シュンリンは突き進んでいくタイプだ。レンは大きなため息をついて秘書にレザミの予約を頼んだ。
レンはいらだっていた。
最初の1週間は無言の怒りだったが、次の週は“はっきりと”怒りを周囲に表すようになった。
「あっちが書類契約後に追加事項を挙げて来たんだろう。承認サインしておいて、勝手なことばかり」
「最終ドラフトが木曜日というのは変更なしでよろしいですよね」
「ああ。延滞金をちらつかせているんだ。こんなふざけたことに足止めを食わされたくない。チェンに連絡して、再度リーガルチェックを依頼しておいてくれ」
「わかりました。それと、先ほどマダム・リンから連絡がありました」
「忙しいと伝えたんだろうなっっ!」
レンは秘書に怒鳴っても仕方がないのはわかっているものの、自分を押さえられず、つい手元の書類を机にたたきつけた。秘書は一瞬肩を竦めたものの、何事もなかったかのように時間が作れないことを報告したと淡々と伝えた。
「・・・・すまない」
「いいえ。それから会長から連絡があり、1時・・・あと10分ですね。ビデオ会議を行いたいと。1時半から予定していた企画推進部のプロジェクトを2時に変更しておきましたので、申し訳ありませんが、1時45分から15分のみですが昼食時間を取らせていただきました。クラブサンドイッチでよろしいですか」
「ああ。話が長引くようなら、45分に声をかけてくれないか」
「もちろんです」
秘書の宮本は一礼をし、部屋を後にした。
レンは一人になると、鼻根を指でつまみ軽くマッサージをした。先々週には日本に帰国し、未希子と会っているはずだった。それが会議でプロジェクトの担当者でもある国家開発相の補佐官から追加受注を受け、レンの会社は寝ずの作業に追われていた。その作業の中、データ解析を行いレンの会社のサポートに入ったシンガポールIT企業がシュンリン・チョウの会社だった。シュンリンとは遠い親戚にあたり、住んでいる国は違うが、お互いよく知った者同士だったので、スムーズに仕事を進めることができた。シュンリンのサバサバした性格と率直な話し方はレンにとって付き合いやすく、お互い時間があれば近況報告をしたり、春節の時には家族ぐるみであいさつに行ったりするほど仲が良かった。シンガポールを東南アジアの出発地点に決めたのも、シュンリンの家族とのつながりが大きな理由の一つだった。
「レンの会社がうちの国にまでしゃしゃり出てくるなんて、いい度胸してるじゃない?」
「シュンリンの会社ほどではないさ。まぁ今回のプロジェクトは自分たちにとって東南アジア進出のための大切な布石となるからな。データ解析、本当に助かってる」
「フフフ。そりゃあ、ウチだって今後のために一枚かんでおかないとね。まぁ声をかけてもらったって言うのもあるんだけどね」
ペロッと舌を出して笑ったが、すぐにいつものレンとは違うことに気づいた。
「どうしたの?何か変よ?うまく行ってると思ってたんだけどそうじゃないの?」
「いや、今のところうまくいっている。期限内までに終わるはずだ」
「なら、なによ?レンらしくないじゃないの。言ってちょうだい」
一瞬、彼女に目をやったが、何でもないと目をそらした。
「気になるじゃないの!!教えなさいよ」
「嫌だ」
「何ですって!なら、レザミに連れて行って」
「はぁ?俺は忙しいんだ。そんな暇はない!」
「時間は作ってちょうだい。レザミの予約もお願いね」
「ふざけるな!」
「ふざけていません。今夜7時半にレザミでよろしくね」
一度言ったら、シュンリンは突き進んでいくタイプだ。レンは大きなため息をついて秘書にレザミの予約を頼んだ。