シンガポール・スリング

それは未希子が望んだことだった。
しかし、赤の他人として態度で示された今、この1週間で感じていた苦しさなど比べ物にならないほどショックを受けている自分に気づいた。

自分勝手だが、未希子はレンに会いたいと思われたかった。
カフェに来た時のように、未希子に思いをぶつけてほしかった。
存在しない人として扱われたくはなかった。

しばらくその場に立ち尽くしていた未希子だったが、ゆっくりと呼吸をし始め、AWCのエントランスへと向かった。
びっくりするほど容姿の整った受付嬢に傘の返却を伝え、その足でカフェへと向かった。
いつもの時間より少し遅れてカフェに入ると、お客が一人だけ奥の席に座っていて、山瀬がコーヒーを作っていた。

「!?未希子ちゃん。顔真っ青だよ。・・・・とにかくカウンターに座って」

山瀬はコーヒーを作りながら焦ったように声をかけてきた。
未希子はおはようございますとあいさつし、手洗い場で手を洗った後、いつものようにカウンター奥のかごからエプロンを取り出した。

「未希子ちゃん、いつも言ってるけど調子が悪い時は休んでいいんだよ」

「わかってます」

「未希子ちゃん、本当に顔色悪いよ。見ての通り今日はそれほど忙しくないし、休んでいいんだよ」

「わかってます」

「きつい言い方になるけど、お客さんにも心配かけることになるから、逆に休んでほしいんだけど」

「・・・・働かせてください」

迷惑なのはわかっているんです。でも、一人で部屋にいたくないんです。申し訳ありませんと頭を深く下げた。山瀬はため息をついてから、ハーブティー入れてあげるからとポットに水を入れた。
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