シンガポール・スリング
「朝ごはんも食べてないんでしょ?」
「・・・・・」
「今作ってあげるから、まずはそれ食べて」
「すみません」
みっちり働いてもらうから、まずは体力つけてねと言ってキッチンに立った。
未希子は無気力に山瀬さんの姿を目で追った。
山瀬さんからカモミールティーとオムレツを作ってもらい、口の中に入れた。ゆっくり、ゆっくりと噛みしめて飲み込んだが胃が受け付ける気がないのか、内側からせりあがってくる感じがして、フォークをテーブルに置いた。
「すみません・・・」
未希子ちゃん・・・謝らなくていいから、ハーブティー飲んでみたら?と山瀬に勧められ、ほんの少しだけ口を付けた。
「・・・甘い」
「はちみつ、少し入れてみた。大丈夫そう?」
未希子は小さくうなずくともう一口すすった。
少しずつ体に染み渡っていく感覚が広がり、気持ちが徐々に落ち着いて行くように感じた。未希子はゆっくりと立ち上がり、カウンターに入るとほんの少しだけ、気分がよくなり、いつものように布巾で棚を拭き始めた。
運よく今日はお客の入りが緩やかで未希子にとって楽な一日だったが、3時を過ぎると少しずつ頭痛がし始めた。頭痛薬を呑んで少し落ち着いてきた5時過ぎ、カフェのドアが開くと同時に未希子さん!と呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみると、1ヶ月近く見かけなかった、優美が立っていた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
「・・・・未希子さん・・・・。」
優美は足早に未希子に近づくと、両手で未希子の頬を撫で、隈がひどいわとそっと目元に触れながら、声を震わせた。
「・・・ちょっと調子が良くないんですが、大丈夫です」
「大丈夫なわけないでしょ!未希子さん、あなたに話があるの。どうしても聞いてほしいの」
「優美さん・・・。もう全て終わったんです」
「未希子さん、違うのよ。そんなことはないの!!」
「私が終わらせたんです。そして、今日はっきりとそれがわかったんです」
「・・・何があったの?レンと話したの?」
話すことさえ・・・・彼には私の存在さえ見えなかったようです・・・。
未希子は棚からカップを取り出そうと後ろを振り向いたと同時に目の前が真っ暗になり、そのまま意識を手放した。