シンガポール・スリング
ホテルのエントランスを出ると秘書の宮本が待機していた。
「宮本?」
「会長から待っているように言われておりましたので」
ふっ・・・・父親には勝てる気がしないな・・・・。
レンは苦笑いしながら、宮本に感謝すると第一病院に行くよう告げた。
レンは祖母に電話を掛けなおし、車に乗り込んだことを伝えた。
「ずいぶんと時間がかかりすぎるんじゃなくて?」
「すみません。未希子の様子は?」
「さっきほんの少しだけ目が覚めたけど、薬が効いているのね。また目を閉じてしまったわ」
「・・・・彼女は大丈夫ですか」
大丈夫なわけないでしょう!あなたが不甲斐ないからこんなことになったんですからね!優美は携帯越しに声を荒げた。
未希子さんがどれだけ苦しんでいたかを考えれば、あなたなんてもっと痛い目に合うべきなんですからね!
「ナイナイ・・・十分に反省しているんですから、許してください」
「もう・・・。そういえば、今日何かあったの?」
「え?」
「未希子さん、意識を失う前に言っていたの」
――もう彼の中では存在すらしていないんです。
レンはハッと息を呑みこんだ。
「何があったの?」
祖母の問いに、レンは答えることができなかった。
存在すらしていない・・・?
その言葉に血の気が引いて行く。
そんなわけないだろう。あるはずがない。
レンは目を閉じ、あの時の未希子を思い出し、胸を痛めた。
何をしていても、何も見ていても、未希子のことばかり頭をよぎるのに。
―――じゃあなぜ真摯に向き合わなかった?
別の自分が問いかける。
未希子の拒絶が耐えられなかった。
冷静さを失い、怒りが爆発した。
それぐらい、彼女の言葉と態度に傷ついていた。
「彼女を会社の前で見かけたんです。でも・・・話しかける余裕があの時の自分にはありませんでした」
祖母は「そう」と一言だけ言い、そのまま黙ってしまった。
祖母に罵倒されたほうがまだよかったとレンは思いながら、冷たい沈黙に耳を傾けていた。
もうこれ以上無言ではいられないと思ったその時、断ち切るように宮本が到着したことを告げた。
レンは宮本に待機しておくように伝え、そのまま病院へと入って行った。