孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
彼の口元が皮肉げに歪んだのを、見た気がする。


「えっと……?」


私は怯んで聞き返した。
霧生君は、「いや」と自分で打ち消して、首を横に振る。
そして。


「だから、茅萱さんが最適なんだ」


ビールのジョッキを持ち上げ、ユラユラ揺らす。
『最適』。
そう言えば、昨夜も同じことを言われた。


逸れた話題が元に戻る予感から、再び警戒心がよぎって、自然と背筋が伸びる。
私は意味もなくソワソワして、カウンターに置かれた焼き鳥の串を一本取った。
お皿の上で、一つずつ串から外し始める。
霧生君は、私を横目で見遣り……。


「実はね。僕は教授から熱心に誘われて、日本に帰ってきたんだけど……ちょっと、予定外の事態に遭って困ってるんだ」

「予定外?」


私が肩を縮めて問い返すと、「うん」と頷く。


「教授、大学生の娘さんがいるんだってね。その娘さんをもらってくれと言われて」

「……えっ?」

「僕は結婚なんかしたくないし、できる限り穏便に断りたい。だから……」


そこまで聞いて、唐突で謎なプロポーズの全容が読めた。


「それで、私に?」


霧生君が、「そう」と、薄い唇に笑みを浮かべる。
さっきから、眼鏡を外したままだ。
整った綺麗な顔に、ちょっと策士めいた黒さが滲み出て、私は落ち着かずに目を彷徨わせた。
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