孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「離婚届、書いてもらわなきゃ。家の鍵も返さなきゃ。それなのに、こんな風に避けられたままじゃ」


霧生君は黙ったまま、髪から手を離した。
なにか言おうとして堪えたのか、だらんと落ちた手に力を込めて拳を作る。


「……大晦日、納会やる約束したよ」


私は、彼の拳が小刻みに震えるのを見つめながら、ポツリと呟いた。
クリスマスも大晦日も、思い出にしたかったのに。
霧生君にとっては、最悪の苦い記憶として残ってしまいそうで、泣きたくなる。
こんな風に終わりたくない――。
私はわずかに俯き、グスッと洟を啜ってから、


「私の料理で、霧生君が美味しいって言ってくれたもの、全部作るから」


弱気に落ちる自分を叱咤して、グッと顔を上げた。
困惑気味に私を見ていた彼と、視線がぶつかる。


「だから、帰ってきてね」


泣き笑いみたいになったけど、なんとか笑ってみせることができた。
霧生君が、ハッとしたように息をのむ。


「じゃあ、お疲れ様でした」


私はペコッと頭を下げて、回れ右をした。


「茅萱さ……」


まだ戸惑いの色濃い声が背を追ってくる中、私は急いでオペ室に戻り、大きく肩で息をした。
ちょっと強引だったのは重々承知だし、霧生君が帰ってきてくれるかわからないけれど、できる限りの手は打った。
私は一度かぶりを振って、オペ室の清掃を始めた。
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