孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「はあっ、はっ……」


霧生君は、こめかみに流れる汗を手の腹で拭い、目線を上げる。
黒い瞳で、立ち竦む私を捉えると。


「よかった、間に合った……」


膝に両手を置いて、ハーッと長い息を吐いた。


――なにが、『間に合った』よ。
全然、間に合ってない。
そんな憎まれ口を叩いて、プイとそっぽを向いてやりたいのに、喉に引っかかって声にならなかった。
その代わり、ひくっと喉が鳴った。


「ば……バカあ……」


胸に込み上げるもので、声を詰まる。
なにも言えなくなる私に、霧生君が大きな歩幅で歩み寄ってくる。


私の目の前で立ち止まり、ニット帽を剥ぎ取った。
乱れた髪を払うように、ブルッと頭を振る。


「……え」


そんな彼に、私は大きく目を瞠った。
いつも目元を覆っていた長い前髪は短く切られていて、アップバングにセットしてある。
後ろ髪もすっきりと短く……もはやトレードマークと言っていい大きな眼鏡もかけていない。
整った綺麗な顔を隠す残念なものがなにもない……見紛うことのない、完璧なイケメンだ。


「ど、どうしたの……」


一体、どんな心境の変化があったのか。
霧生君は呆然とする私を気にせず、額に滲む汗を手の甲で拭った。
そして。


「……茅萱さん」
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