婚約破棄を希望していたのに、彼を愛してしまいました。
「んん⋯」

「蛍、起きた?」

「ごめん、寝ちゃってた。今からで良かったら、夕飯作るね」

「あのさ、蛍。俺に隠してることない?」

智明にそう尋ねられ、ドキリと心臓が跳ねる。

先程、トイレから出る時に妊娠検査薬はズボンのポケットにしっかりしまったはずだ。

バレるはずがない。

「それ、ただの体調不良じゃないよね?」

「ただの風邪だよ。すぐ治るから大丈夫だって言ったじゃない」

「これ、キッチンに落ちてたけど、どういうことか説明してくれるよね?」

そう言う智明の手には、妊娠検査薬が握られていて。

確かにポケットに入れたはずなのになんで、と思いながらポケットを触ると、そこには何も入っていなかった。

「隠そうとしていたわけじゃないの。ただ、出張から帰ってきたばかりだし、話すタイミングを見計らってたの」

「じゃあなぜ、ただ風邪を引いただけだと言った?」

「ごめんなさい⋯心配、かけたくなくて⋯」

私が妊娠していることを隠していたからなのか、智明は怒っているように見える。

実際、隠していたのは私だし怒られても仕方ないよね。

「蛍、ごめんね。責めるつもりはなかったんだよ、泣かないで」

怒られても仕方ないと頭では分かっていたのに、私はいつの間にか涙を流していた。
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