"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
初めに牛タンを焼いて、それからは牛ロースやカルビなどを焼いていく。お肉も柔らかいし、焼いた玉ねぎも人参も甘くて美味しい。

「ずっと気になっていたので聞いても良いですか?」

酔いに任せて聞いてみる事にした。どうして、学校では身なりを整えていなかったのか。

「はい、どうぞ」

「どうして……、その、私に会う為にイメチェンして来たのかな?って」

流石に以前の樋口さんは清潔感のある身だしなみではなかったとは言えず、逆から攻めた。樋口さんは少しだけ間を置いた後に口を開く。

「大変言いにくいのですが、今の姿をしていた所、以前に働いていた高校で揉め事がありました。本来はこちらが素の姿ではあります」

揉め事? 何故? 身なりを整えた樋口さんは格好良いから、やはり、それ関係?

「実は、私に好意を抱いてくれた保護者と女子学生が居まして、私はその方々も含めて、各家庭、分け隔てなく平等に接しているつもりでした。その保護者のお子さんはクラス内で目立つ存在の子で、ある日、保護者の方と私が付き合っているという噂を流してしまいました。そんな事実はありませんので、教育委員会にも事実無根だと真っ向から否定し、事なきを得た訳です。その子のお母様はシングルマザーで、その子自身も自分が気に入った父親的存在が欲しかったようです。

そんな訳で、本来の姿でいる事にわだかまりを感じてしまい、美術部員と共に作品制作に明け暮れていました。次第に髪もボサボサになり、スーツもクリーニングに出す回数が減っていきました」

樋口さんはお肉を焼きながら、私に淡々と話してくれた。確かに現在は、スーツもバリッとしているし、髪型も整っている。
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