因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

 伊織ではなく彼を連れて稽古に出かけた際、街中を歩きながら指摘された。

『先生、最近頬が緩みっぱなしですよ』
『……そうか?』
『そうですよ。和華さんが来てから。ま、不思議と構いたくなる存在ではありますよね』

 太助の発言が本気か冗談かわからないが、胸に微かなさざ波が立った。

 弟子と妻が親しくなるのは、別に悪いことではないはずなのに……。

『あまり和華を苛めるなよ。彼女はとても純粋で擦れたところがないんだ』

 不穏な感情を持て余し、微妙に太助を牽制するような言葉が口から出た。

『先生こそ、和華さんにうつつを抜かしすぎて香道を疎かにしないでくださいね』
『……あり得ない。心の安寧こそ香道の基礎だ』

 軽く笑い飛ばしたが、内心少しだけ動揺した。

 実は最近、朝の座禅の際に和華のことが頭に浮かび、空の状態になるのに時間がかかる。

 若く未熟だった頃ならまだしも、家元を継いでから雑念に苦しめられるのは初めてで、少々戸惑っているところだったのだ。

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