因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「お香始めます」
光圀さんが宣言し、一同が畳に手をついて礼をする。
続けて、光圀さんの手から硯箱と記録紙が渡されると、私の緊張は最高潮に達した。
隣では、光圀さんが香炉や火道具の入った乱箱と呼ばれる木製の箱を開け、金箔の貼られた厚紙の上に一つひとつ並べていく。
私も手元で墨を磨り始めるが、どうにも焦って力が入り、うまくいかない。
『綺麗な墨色を出すには、心を落ち着け弱い力でゆっくり磨ることが大事だ』
光圀さんにそう教えられているのに……。
嫌な汗が首筋を伝うのを感じながら、がむしゃらに墨を持った手を動かす。
すると、光圀さんの腕がスッと横から伸びてきて、一旦動作をやめさせるように私の手を掴んだ。
ああ、どうしよう。怒られる……。
泣きたいような気持で、掴まれた手をジッと見つめていたその時。
「ゆっくり深呼吸をしてから、もう一度。力を抜いて〝の〟の字を描くように」
私語厳禁なはずの香席で、光圀さんはハッキリそう言った。
おそるおそる顔を上げると、穏やかな目をした光圀さんが、私を励ますように一度頷く。
落ち込んでいる場合じゃない。自分の役割をしっかりつとめなくちゃ。