君しかいない
「あの、帰り道間違えてますよ?」
「間違えてないよ? ちゃんと家に向かってる」
「え、わたしこの道知らない。通ったことない」
「……さあ着いた」
「きゃあっ」

 グワンと急にハンドルを切られ、遠心力に負け助手席に乗っていたわたしは身体が大きく揺れた。
 車を停めた翔斗さんは運転席から降り助手席側へ歩いてくると、外からドアを開いた。
 ここは何処なのか周囲を見渡し考える余地も与えられず、翔斗さんには腕を掴まれ強引に引かれて歩くしかなかった。

「ちょっ翔斗さん、腕……痛い」
「他の客も居るし迷惑になるから静かにしようね?」

 翔斗さんに連れ込まれたのは、会員制のクラブのような所らしく。店内は耳障りな音楽とマゼンタカラーの怪しげなライトで照らされている。

「ここ何処……」
「まあまあ、話はあと。あっち行こ?」

 翔斗さんに肩を掴まれ店内で死角になっているVIPルームへ足を踏み入れた。
 ふかふかのソファに座らされ、隣に腰を下ろした翔斗さんが耳元に顔を近付けてくると。わたしの髪に触れ耳にかけながら囁いた。

「親の顔を立てた見合いの定番デートはおしまい。ここからはお互い楽しも?」
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