君しかいない
「成瀬?」
「……真尋様の気持ちにお応えすることは、出来ません」

 そっと手を解かれ向き合うと、成瀬はわたしに頭を下げた。

「どうして? じゃあ何で……わたしに」

 あんなに熱っぽいキスをしたの? 思わせぶりなことをしたの?

「申し訳ございません、真尋様と私ではダメなのです」
「わたしとはダメで向井とならいいの? 意味分かんない」
「陽菜さんは関係ございません。真尋様は辻道様とご結婚される身、そのことをお忘れなきよう」
「……るさい、煩いっ! わたしは成瀬が」

 全部言い終える前に、わたしの身体は抱き寄せられ成瀬の腕の中に居た。

「真、尋」

 耳元で確かに聞こえた成瀬の声が、わたしの名を呼んだ。ギュッと強く抱きしめられて、身体も心も苦しくなる。
 好きじゃないなら何で抱きしめたりするの? このタイミングで名前を呼んだの?
 
「ご自宅までお送りします」
「やだ……一緒に居る。わたしの言うことが訊けないの?」
「いけません、今夜は辻堂様とデートのご予定なのですから。日を跨がぬうちに帰らなければ、旦那様が心配されます」
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