君しかいない
 翌朝、泣き腫らした状態で受付勤務に就く。ヘアメイクは適当で崩れ気味だし瞼は腫れていて、過去一番の不細工な顔面に同僚の女の子達は心配され。普段は中央に座っている席から外れて隅の席に座る様に促されてしまった。
 しっかりしなければと気を引き締めているけれど、気を緩めると勝手に涙が出てきてしまうのだ。こんな状態で笑顔の対応など到底できるわけがない。

「……あの、真尋さん」

 できるだけ来客対応を避けようとカウンター内で下を向いていたわたしは、突然名指しされ顔を上げた。

「はい」

 カウンター越しに立っていたのは上質なスーツを身に纏った男性だったが、その男性の顔に見覚えは無い。わたし自身もネームタグさえ付けていないのに、何故わたしの名前を男性が知っているのか不思議に思った時だった。

「ご結婚されるのですか?」
「えっ」
「……君には僕がいるというのに? 僕を裏切るつもりですか?」
「あの、なにを言っ……」

 訳が分からない。男性とは知り合いでもないし、付き合ってもいない。なのに男性の口から告げられる言葉は、恋人に対する恨み言ばかりで身に覚えのないわたしは戸惑った。

「申し訳ございません、どちら様でしょうか」
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