君しかいない
「あの、真尋様。少しでも何かお食べになった方が……」
「要らない、欲しくない」
「ではこちらに置いておきます。ひと口でも食べてください」

 連日部屋に篭ったままのわたしを心配し、向井や若林が一日のうちに何度も様子を見に来ていた。
 わたしを庇ったせいで成瀬に怪我を負わせてしまった。あの日、わたしが車に忘れ物などしなければ成瀬が再び会社へ来ることはなかったのに。
 わたしの掌は、まだ成瀬の血の感触を覚えているし身体を受け止めた時の重みも忘れていない。思い出すと胸が苦しくて消えてしまいたくなる。
 警察に逮捕された犯人の取り調べで分かったこと。以前来社した際に受付で対応したわたしの営業スマイルを自分だけに向けられた特別なものだと感じ、わたしに好意を持ったという旨の報告を受けた。
 つけ回すうちにわたしと恋人同士なのだと思い込んでいたから。わたしが結婚するという情報を聞き思い詰めた結果、心中しようと会社へ乱入したというのだ。
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