君しかいない
 その夜、父の帰宅を待ち。翔斗さんとの縁談を白紙に戻して欲しいと頼んだ。
翔斗さんは東堂家にとっても好条件だし、本人も根はいい人だと思うけれど。わたしには好きな人がいること、相手にされていなくても好きなこと、どうしても好きで諦められないことを素直に告げた。
 わたしに押され、父は縁談を白紙に戻すことを渋々約束してくれたけれど。きっと周りから見れば、ひとり娘に甘い父親が娘の我儘に振り回された結果だと思うだろう。
 翌日、ひとりで電車を乗り継ぎバスに乗る。どうしてもひとりで行きたくて、誰にも言わずに家を出てきた。
 最寄りのバス停で降り、病院で受付を済ませ病室へ向かう。

「あ、ここだ」

 四人部屋の入口で成瀬の名を確認し足を踏み入れる。
 もうすぐ成瀬に会えると思うと、嬉しい気持ちと成瀬を前にどんな顔をしたらいいのか分からないわたしがいる。
 襲われた時守ってもらったのに。成瀬が入院した病院へ行くことを止められてしまい、会いに来ることができなかったから。
 こんなに長い期間成瀬と離れていたことなど無くて、会えない間は今まで以上に成瀬のことばかり考えていて会いたさが募っていたのに。
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