囚われの令嬢と仮面の男
 不意に水を浴びたように心臓が縮こまり、私は数歩あとずさっていた。

 あれから水一滴も口にしていないエイブラムを想像し、足元から冷えが這い上がる。このままだと本当に彼が死んでしまう。

 いったん気落ちした体を奮い立たせ、私は貯蔵庫の扉を思い切り叩いた。

「エイブラムっ!」と中に呼びかけると、数秒の間を置いてかすかな応答が得られた。掠れた力のない声で、私の名前を呼んだ。

 私の挙動に対して見張り番はじゃっかん慌てるが、止めはしなかった。

「待っていて! ぜったい私が助けるから!」

 そう言って貯蔵庫の扉を注意深く観察する。簡素な南京錠がぶら下がっていた。これなら鍵がなくても壊せそうだ。たとえば銃なんかで。

 エイブラムと共にいた部屋へ、踏み入られたときのことを思い出していた。あのときも銃で鍵を壊されたのだ。

 扉に両手を付けたまま奥歯をギュッと噛みしめて、「待っててね」と再度エイブラムに語り掛けた。

 ドレスの端を掴み、足に力を入れて走り出す。脇目もふらずに来た道を戻り、階段を駆け上がった。
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