囚われの令嬢と仮面の男
 グラスに入った無色透明の水が揺れる。手にした粉薬を見つめながら手が止まった。すぐ後ろに立つ侍女ふたりの視線が私の手元に集中している。

 どうしよう……。これを飲んでしまったら、予定どおり行動できないかもしれない。

 今夜のうちに、アレックスの部屋へシャベルを取りに行き、私の花壇を掘ろうと考えていた。

 今夜眠ってしまったら、明日はお父様の目もある分、自由が利かなくなる。そうしたらエイブラムは……。

 白い粉薬を前に希望が閉ざされるのを感じ、息が苦しくなった。

「あれ?」と斜向かいに座るアレックスがワインを手に、眉をひそめた。

「侍女たちの肩の間に……黒い羽虫が」

 ひゃっ、と息を飲む悲鳴が肩越しに聞こえ、私は即座にアレックスへ視線を飛ばした。弟は素知らぬ顔でワインに口を付けている。

 チャンスだわ!

 侍女たちが私の手元から視線を切らし、慌てふためいている間に、白い粉薬をスープの残りにサッと落とした。

 手で口元を隠しながら飲んだふりをして、素早く水を流し込む。

 侍女たちは空になった紙の包みを見て、ちゃんと薬を飲んだのだと信じて疑わなかった。
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