囚われの令嬢と仮面の男
 ……ありのままの私。

 先ほどマーサから言われた言葉をひそかに反芻していた。

 令嬢としては完璧にはほど遠い今の私を、一体だれが愛してくれるのだろう。思考がネガティヴに傾きそうな気がして、小さく首を振る。

 今の私を丸ごと愛してくれる殿方がいるとしたら、早く出会いたい。その相手に昨夜の彼を思い浮かべて、「だったら良いな」とそっと呟いた。

「あ、いけない……!」

 マーサが淹れてくれた紅茶のカップに口をつけたとき。ふと、忘れ物をしていることに気が付いた。

「ごめんなさい、マーサ。私の部屋からさっきの本を取ってきてもらってもいいかしら? 赤の表紙の……」

「もちろんです。すぐに戻って参りますから、お嬢様はゆっくりとお寛ぎくださいね」

「ありがとう」

 お茶をしながら読書しようと思っていたのに、うっかりしていた。マーサが立ち去るのを椅子に座ったままで見送ってから、物憂いため息がこぼれた。

 次に舞踏会があるとしたら……今度はちゃんと最後までいよう。

 あの方に会える保証はないけれど。自分から交流の場に飛び込んでいかなければ、きっと彼とも出会えない。
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