囚われの令嬢と仮面の男
 古びた鍵を使い、男は入ってきた扉を施錠していた。

 ふいに目が合いそうな気がして、慌てて視線を手元に落とす。

 男はテーブルの前へと戻り、ガサガサと音を立てて袋の中身を少しだけ取り出した。

 りんごだ。赤いりんご。そしてその皮を剥くための小さなナイフ。

「腹が減っただろう」

 ギシ、と床が軋んだ。男が椅子に座り、ナイフを片手にりんごを剥きはじめた。

「しまった……皿を忘れたな」

 男が立ち上がり、りんごとナイフを手にしたまま私へと近づいた。

 ひ、と悲鳴がもれそうな気がして、唇を閉じた。息をのみ込み、鼻で呼吸をする。心臓の鼓動が自然と早まっている。

 男は無言で固まる私を見下ろすように立ち、すぐそばの床に腰を下ろした。シャリ、シャリ、と音が鳴る。

「ほら」

 切り落としたりんごのカケラをナイフの先端に刺したまま、私の手元に差し出している。

 一瞬、りんごだけじゃなくナイフごと奪ったらどうなるかを考えた。想像でもうまくいかず、最悪自分が怪我をするケースしか思い浮かばなかった。

「……え、ええ」

 慎重に果実だけをナイフから抜いた。薄黄色の実がみずみずしく、美味しそうだ。
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