囚われの令嬢と仮面の男
 空腹からお腹が鳴りそうになり、もう片方の手でさりげなく腹部を押さえる。

「食べないのか?」

 下から私を除き込む男の視線にハッとなった。指で摘んだひとかけらのりんごを口に運ぶべきかどうかを迷っていた。

 まさか毒を盛られているかもしれない、などとは言えず、ただただ恐怖から指先を固めることしかできない。

 ハァ、と仮面の下で男が息をついた。

 床から立ち上がり、さっきまでいた椅子に座る。ナイフで切り取ったりんごのカケラを私に見えるように指で摘んだ。

 反対の手で仮面をわずかにずらし、自らの口にりんごを含んだ。シャリシャリと咀嚼音が聞こえる。

「毒など入っていない。心配せずに食べろ」

 男は持ってきた袋をあさり、薄手の白いハンカチを出した。引き続きりんごを切り、そのハンカチを皿代わりにいくつかのカケラをのせていく。

 私は手にした果実をようやく口元へと運んだ。シャリ、とひとくち齧り、残りを口の中に放り込んだ。

 甘酸っぱくて美味しい。果汁が喉の渇きを癒してくれる。
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