囚われの令嬢と仮面の男
 すぐそばに男の姿があった。仮面で顔は見えないが、声から焦燥と気遣いが感じられた。

「……だ、大丈夫よ」

 僅かに声が震え、下唇をギュッと噛み締めた。

 顔を俯けたまま起き上がり、手の甲で頬を拭う。思った通り、涙で濡れていた。

「ときどき見る……悪夢だから」

 ベッドの上部を手探りして、昨夜置いておいたブローチを手に掴んだ。

 窓のない一室なので陽にかざすことは叶わず、私は紫色を見つめてギュッと手のひらで握りしめた。ブローチの宝石を額に当てたまま、呼吸が落ち着くのを待った。

 男の手が躊躇いがちに私の背に当てられていた。ヨシヨシ、とゆっくり背中を撫でられ、それが不思議と心地よく、落ち着いた。

 勝手に体に触られたのに、不快感は全くなかった。「ありがとう」と礼を言う。

「もう、そんな時間なのね……」

 男が部屋にいることから、うっかり寝過ごしたことを後悔した。

 寝顔を見られたかもしれないし、いまだにネグリジェ姿なのも恥ずかしい。

「起きて早々で悪いが。朝食だ」

「ええ」と返事をしてから、胸元を手で隠した。

「その前に……着替えをしてもいいかしら?」

「っあ、ああ……」
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