囚われの令嬢と仮面の男
 男は何も言わずに首を傾げ、そっぽを向いた。

「そんなに言うほど……、見てはいない」

 その仕草と物言いから、照れているのだとわかった。これで仮面がなかったら、もっと人間らしい、自然な表情が見られたかもしれない。つい想像してしまう。

 食べやすい大きさに切り分けられたりんごをつまみ、口へ運ぶ。シャリ、と音を鳴らし、果汁が体内へと吸い込まれた。

「さっきの悪夢について……聞いてもいいか?」

「え」

「いや、無理にとは言わない。キミがあんな風にうなされるのを……初めて見たから」

 寝顔、どころではない。実際にうなされたところを見られていたのか……。

 耳が少しだけ熱くなる。

「大したことじゃないわ」

 強がり、虚勢を張るものの、寝顔とともに泣き顔も見られたに違いないと気づいて、目が泳いだ。男は何も言わない。

「お、幼いころ。あの屋敷を抜け出して遊んだ男の子がいたの」

「……男の子」

「ええ。私より三歳年上の子なんだけど……優しくて、穏やかで。大好きだったわ」

 チーズを飲み込み、グラスのミルクに口をつける。空腹だったお腹は、あっという間に満たされた。
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