ママの手料理 Ⅲ
航海の目は自分を映していないと分かっていても、その目は琥珀よりも銀子ちゃんよりも強い光を放っていて、呼吸をするのも忘れる。


いつも眼鏡のせいで直に目を見る機会は少なかったけれど、航海がこんなにも恐ろしい目をするなんて。


「ぐっちゃぐちゃになるまで、殺します」


(あらら、ちょっと危ないですよこれ)


航海の吐き出す言葉の語気が、心做しか強くなった気がして。


まだ闘ってもいないのに自我を失いそうだ、と判断した俺は、瞬時に彼の目の前に立ち塞がって指を鳴らした。


「はーい、沢山心意気を話してくれてありがとう!そろそろそのサングラス掛けたらどうー?」


彼がうんともすんとも言う前に、勝手に手に持っていたそれを掛けさせる。



「…これ、色覚調整眼鏡なんですけど」


数秒後、その眼鏡越しに俺を見てくる彼の目は、いつもの優しい航海の瞳そのものだった。


(あ、良かった…)


「知ってるよそんなの!てか、そんなとこ立ち止まってないで歩こうよ!お昼までにカロリー消費したいんだから!」


はいはい、と彼の突っ込みを軽くあしらった俺は、その骨ばった手を取って歩き始めた。





昨夜、仁と琥珀が大喧嘩していた事なんて、その時の俺の脳みそからは綺麗さっぱり消え失せていた。
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