没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~
「真珠から強く感じるのは楽しい気持ちです。亡きお母様は朗らかでおしゃれな方。ご友人と遊びに行く際にこれを身につけていたんじゃありませんか? お売りになるより身近な女性に譲ってはいかがでしょう。お出かけの際に使ってもらったら、真珠もお母様も喜ぶと思います」

「ああ、そうだな……」

亡き母を思い出しているかのように目を潤ませて何度も頷いた男性客は、大事そうにネックレスケースを鞄にしまうとオデットの提案通りにすると言って退店した。

店内に他に客はなくオデットが白い綿手袋を脱いで気を緩めたら、後ろにドアが開いた音がした。

会計と査定に使っているL字カウンターの裏には木目のドアが二枚ある。

入り口に近い側のドアから出てきたのは店主のブルノだ。

清潔に整えられた短い髪は半分が白髪で、ワイシャツに紅茶色のベストを着て襟には青瑪瑙のポーラータイを締めている。

丸メガネが似合う六十歳のブルノは、オデットの横に並ぶとカウンター周囲をキョロキョロと見回し、いつもの穏やかな口調で問いかけた。

「おや、さっきのお客さんの持ち込み品は?」

途端にオデットは焦りだす。

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