ゆっくり、話そうか。
ふわふわと小さく舞って落ちた綿毛を、今度は息を吹き掛けて飛ばせた。
残っていた綿毛も遠くへ飛んで、闇に消えていく。

「昼間は全然気付かんかったなぁ」

思い返せば、今日一日ほとんど目線は上だった。
天気に花火に、そして、日下部。
下を見て自然を楽しむ余裕などとてもなかった。

「吹いたらあかんかな、でもみんな寝てるしそんなおっきな音ちゃうし、いけるかな」

綿毛を無くした一本を失敬して小さくちぎり、先を口に含む。
少し雨の味がして、

あ、やっぱ渋い。

茎から溢れる白い液体が、味蕾を優しく刺激する。
懐かしいタンポポの味が構内を埋め尽くした。
先端を少し噛み、そっと息を吹き掛けると、アルトの効いた拍子抜けな音が響いた。

「音痴やな、この子」

ピアノの黒い鍵盤を叩いたときより角度の低い音に、やよいはこらえきれずに吹き出した。
もう一度吹いてみる。
同じ音が流れ、口元が緩んだ。
何故か可笑しくてたまらなくて、その場で一人静かにくつくつ笑う。

「動物の小便気にしないの?」

不意に声をかけられ、教師に気付かれてしまったとばかり思ったやよいは誰だか分からず、「すみません」と立ち上がった。
顔を上げて改めて相手を確認すると、確認まで辿り着く前に誰だか分かった。

「あれ、日下部くん」

月明かりを背負った日下部が立っていた。

仏像か、ブッダかあんたは。

神々しさに目が眩む。

イケメンは夜中の登場もイケメンや。

「そんなん気にしてなかったけど、気にすべき?」

ほんの僅かに笑った日下部が「別に」と言って隣に並び、その場にしゃがんだ。
タンポポをいじって、やよいを見上げる。

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