ゆっくり、話そうか。
座れということか…。

何となく促された気がしてしゃがんだが、近すぎる距離がたまらなくて距離を取る。

「眠れへんの?」

いつもより声を抑えて訊いてみる。
だが質問したのに返事がない。
もう一度、今度は少し音量を上げて訊ねてみると、耳に手を当てた日下部が「は?」と首を傾げる。

「遠くて聞こえない」

なんでや。
聞こえるやろ。

確かに声は控えてある。
だが昼間の賑やかさも都会の雑踏もなにもない空間で、聞こえないほどの声でもない。
いくら教師のバカ騒ぎがうるさく聞こえても、やよいの声までかき消すほどでもない。
だって、静かに放つ日下部の声ははっきり聞こえている。
躊躇いながらも一歩隣へ近付いたやよいが座り直し、「聞こえる?」と囁く。
肩と肩が触れそうな距離に、ドキドキが止まらない。

先生もっと騒いでっ。

心臓の音を聞かれたくなくて、そんな神頼みならぬ教師頼みをしてしまった。

「俺の部屋、教師のと違いからうるさくて」

「あー…」

あ?
やっぱり聞こえてるやん。

なんの意地悪か。
そりゃ勝手に打ち鳴らしたのは自分だが、ばくばくした分の心拍数を返せと言ってやりたくなった。
またも、日下部のからかいに乗せられてしまって悔しい。

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