ゆっくり、話そうか。
こっちだってとんでもなく恥ずかしい。
本当なら言いたくなかったのだ。
けれど断る理由など他に思い付かなかったやよいにとっては、言わざるを得なかった。

「好きなだけばかにしたらええよ。そっちは日常茶飯事かもやけど私はそういうの気にすんねん」

「日常茶飯事ではない」

「どっちでもえーよ、とにかく嫌」

「へー、どっちでもいいの?」

「は?なに言うてんの?そんな話しちゃうし」

完全にばれている。
完全に気持ちを隠しきれていない。
だからこんなふうにからかわれるのだ。
いつまでもこうやって、自分の気持ちが完全に他へ向くまでいたぶられるのかと思うと、恥ずかしさと虚しさで叫んでやりたくなる。
冗談じゃない、と。
知らず知らずに日下部を睨んでいて、込み上げる感情を隠すように唇を噛み締めた。

「傷になるから…」

と、大きな親指が伸び、下唇の下を引っ張る。
触れられた感触と衝撃で、やよいの胸は張り裂けんばかりに高鳴った。
息の届く距離で絡まる視線。
くるくる動いても逸らさないやよいの瞳には日下部しか映っていなくて、日下部の瞳にもまたやよいしか映っていなかった。
あの日、薄暗い中で視線が絡まったときとは違う日下部の瞳に、どんどん吸い寄せられてしまう。

「じゃあ間接じゃないのを先にしたらいいんじゃない?」

顔が近付く、

もっと、もっと近付いて、

近づいて、

「なに?どういう…い、み…───」

日下部の瞳が瞼の下に消えたとき、掬い上げるようにして、唇が重なった。

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