年下カレが眼鏡を外す時
 ちなみにこれは大嘘である。早くに目を覚まし過ぎた私は、待ち合わせの30分前にはすでにたどり着いていた。倉木先生は対局の時のビシッとしたスーツ姿ではなく、ラフなジャケットにシャツ、ジーンズという出で立ち。そのギャップにもなんだかそそられるものがある。私は邪念を振り払い、倉木先生をカフェに誘った。

「対局の時と雰囲気違いますね」
「え?」

 席について開口一番にそんな事を言ったら、倉木先生はとても驚いていた。変な事を言ったかと焦ると、カレは「見たんですか?」と私に聞く。

「はい、おじいちゃんに勧められて。でも私には何が何だか分からなくって……でも、倉木先生が真剣に、人生をかけるくらい大切なものなんだっていうのはなんとなくわかりました」

 この前倉木先生に教えてもらったはずの駒の動き方も、すでに忘れ始めている。そんな超初心者がいきなりプロの対局を見たところで理解できるはずはない。私がそう言うと、倉木先生は少し驚いたように私を見つめた後、またあの柔らかな笑顔を見せた。

「どうして笑うんですか? 私、変なこと言いました?」
「いいえ……。渡瀬さんの、その素直で表裏のないところがとても素敵だと思って」
「へ? え?」

 突然褒められて、私の顔は熱くなっていく。きっと真っ赤になっているに違いない。カレも恥ずかしい事を言った自覚が出ていたらしく、耳が赤くなっていく。私たちはしばらく下を向いて、それぞれの熱が収まっていくのを待った。

「そんな事を言われたのは初めてです」
「そうなんですか?」

 たった二度しか会っていないのに、どうして私のいいところを見つけてくれようとしたのだろう? それが何だか嬉しくて仕方ない。私が「嬉しいです」と言葉にすると、カレはまた頬を染めた。

「あの!」

 私は意を決する。カレの事をもっと知りたいと思うのと同時に、もう一つの感情が芽生えてしまったから。――もっと私の事を知って欲しい。付き合うかどうかなんて、その後でもいいから。

「これからも、たまに会ってくれませんか?」

 私がそう言うと、倉木先生はまた柔らかく笑った。

「……僕も今お願いしようと思っていたところでした」


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