敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
総司の決意
 可奈子が出て行ったドアを見つめて、リビングのソファに座ったまま、総司は考え込んでいた。
 
事態は思っていたよりも深刻なようだ。

 なにもないと彼女は言ったが、それが言葉どおりではないことは明白だ。

青ざめて、明らかになにかに怯えていた。

 かわいそうに、よほどつらい目に遭っているのだろう。

ここのところずっと不安げにしていた理由は、これにまちがいない。

 根も歯もない噂話、妬み、嫉み。

 航空大学では常にトップの成績で、NANA・SKYでは最年少で機長に昇格した総司も、ずっとそのようなものにさらされてきた。

 無責任な口を完全に黙らせる有効な手段は、はっきり言ってどこにもない。
 だが自分の行動に自信を持ち、
信頼できる人間がそばにいれば自然と雑音は聞こえなくなるものだ。

 総司はそうやって生きてきた。

 とはいえ可奈子に同じことを求めるのは酷だろう。

そもそも彼女は彼女自身のことで攻撃を受けているわけではない。

総司と結婚したことで好奇の目に晒されているのだ。

 可奈子が慌てて部屋を出て行ったため、センターテーブルに置きっぱなしになっている水色の紙袋に目をやって、総司はため息をついた。

 本音を言えば、さっき彼女が総司からの問いかけになにもないと答えたことに失望していた。可奈子に、ではない。自分にだ。

 やはり結婚を急ぎ過ぎたのだろうか。

 恋人同士になってから、彼女の気が変わらないうちにと、総司はすぐに結婚の話を進めた。自分でも余裕のないことをしたと思うが、可奈子に対する社内の目を考えるとそうせずにはいられなかったのだ。

 たまたま式場に空きがあったのは、幸運だった。いくら早く結婚したいからといっても籍だけを入れるというようなこともしたくなかったから。

 社内結婚という性質上、招待客には社員をたくさん呼ぶことになったのも好都合だった。

大々的に可奈子は総司と結婚したのだと知らしめておけば、万が一にでも可奈子を誘おうという輩は今後現れないだろう。

 急かすように、彼女を手に入れた、それに満足していたが、もう少しゆっくりと愛を育むべきだったのだろうか。

 とにかく彼女が苦しんでいることに、もっと早く気付いてやれなかったのが悔やまれた。

 他人からの中傷を受けている者はそれを恥だと感じることがある。

総司からの問いかけを、さっき可奈子が否定したのもおそらくそのような理由からだろう。

 ソファの背にもたれて、総司らこれから自分がすべきことについて考えを巡らせた。

 こういう時は無理に聞き出そうとしない方がいい、というのが鉄則だ。

無理に問い詰めたりしたら、可奈子はますます頑なになるだろう。彼女が総司に心を開き、自ら助けを求めるのを待つのだ。

 ……そのためには、いつもどんな時も自分は彼女の味方だと伝え続ける必要がある。

 窓の外に視線を送ると、そこにはパリに負けずとも劣らない煌びやかな夜景が輝いている。

空が近いこのリビングからの景色を気に入って、総司はこのマンションを買った。それを可奈子と一緒に見られるのが奇跡のように幸せだ。

 ——絶対にこの結婚を、ふたりの生活を守り抜いてみせる。

 宝石箱のように輝く光をジッと見つめて総司はそう決意した。
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