大学教授と学生の恋の行方は‥
■第13話 闘病生活
宮本主任教授の闘病生活が始まった。
新薬による抗がん剤治療は口にするほど簡単なものではない。精神的にも肉体的にも辛い。さらに、耐えきれたとしても、胃がんを克服する可能性は100%ではない。
だから病気を患っている本人が、どれほど本気で「生きたい」と思っているかが重要だと言える。
「お母さん。私、家を出るよ」
ある朝。順子は母親にそう告げた。
「は? 何、急に。順子の通っている大学なら、この家からでも1時間もかからずに行けるじゃない。それに来年には6年生になって、その後には医師国家試験も控えているのよ」
「わかってる。でも私、彼の傍にいたいの」
「彼……?」
順子の母親の脳裏には、あの老人の姿が浮かぶ。結局、順子の母親は、自分が勤める病院に宮本主任教授が来たことを伝えてはいなかった。
「宮本主任教授よ」
「……あなた、別れたって言ってなかった? 1年も前に」
「別れたよ。でも……ずっと宮本主任教授のことを忘れることができなかったの。そんな彼が、末期の胃がんだってわかって」
「死ぬところを見届けたいってこと? お父さんの時は即死だったから」
「違う! そうじゃない!」
順子は母親に珍しく大声をあげる。順子の母親は、娘にこんな風に抗議をされたことがなかったので驚いた。
「彼……生きることを選んだの」
「生きる……?」
「うん。うちの大学の土島主任教授が新薬による抗がん剤治療を提案してくれて。それだったら延命もできるかもしれないって」
「そんなことが……」
宮本主任教授の身体を診たことのある順子の母親は、またも驚いた。市立病院では確かに手の施しようがない状態だったはずなのに、あの状態からでも助かる見込みのある治療法が大学病院にあることに。順子の母親は、医師として、そんな方法があるなら、本当に助かるのかどうかを見届けたいという気持ちになった。
だがそれは同時に、ダメだった時の反動も大きい。初めから期待をしなければ、諦めもつくが、少しの希望を持たされた上でダメだった時は、この上なく苦しい思いをするだろう。
「そんな状態の人の傍にいたいって言うのね」
「……うん」
「本気なのね?」
「本気だよ」
順子の母親と順子は真剣な表情で見つめあう。しばらくして、順子の母親は表情を崩してため息をついた。
「はぁ、わかったわよ。その代わり、成績は落とさないこと。それから医師国家試験も絶対に合格することが条件よ」
「お母さん! うん、私、勉強もちゃんとするよ。ありがとう!」
順子は母親に抱きついたのだった。
その後、順子は宮本主任教授の家に転がり込んだ。とはいっても、宮本主任教授は病室にいることが多いので、家の中で2人きりで過ごす時間は短い。
宮本主任教授の着替えの準備をしたり、家の中の片づけをしたりということに時間を費やした。
もちろん、宮本主任教授が病室にいる時も、なるべく傍にいようとした。
宮本主任教授の容体は、あまり芳しくない。
そのため宮本主任教授自身、自分がこれ以上衰退していくところを、愛する順子に見せたくないという気持ちもあったし、やはりあの時死を受け入れていた方が楽だったのではないかという気持ちもあった。
「順子……私はやはり無理なのかもしれない」
「何言っているんですか! 気をしっかり持ってください」
「しかし……新薬による抗がん剤治療もあまりうまくいっていないようだし、苦しいだけなら私は……」
「宮本主任教授! 治療は始まったばかりです。もう少し、もう少しだけ様子をみましょう」
「だが……」
「宮本主任教授は、大学病院でスーツを着て退官するんです。そして、退官後はまた病院長として大学病院で仕事をするんです!」
「……本当にそんなことが可能なのだろうか?」
宮本主任教授は珍しく弱気になっていた。いや、順子の間であれば、宮本主任教授は自分の弱いところをさらけ出せるようになっていたと言った方がいいだろう。
他の誰の前でも言えなかった言葉を、順子にだけは話すことができた。
「可能にするんです。宮本主任教授が」
「私が?」
「そうですよ! 病気を治すのは薬の力だけじゃありません。宮本主任教授の生きたいっていう気持ちも大事なんです。だから強く、生きたいって願ってください!」
順子は宮本主任教授の手をぎゅっと握る。
「順子……そうだな。それに私には君がいる。君が私と共に生きたいと願ってくれているなら、私は強くなれそうだ」
「宮本主任教授……!」
宮本主任教授と順子は見つめ合い、お互いに力強くうなづき合った。
宮本主任教授の闘病生活が始まった。
新薬による抗がん剤治療は口にするほど簡単なものではない。精神的にも肉体的にも辛い。さらに、耐えきれたとしても、胃がんを克服する可能性は100%ではない。
だから病気を患っている本人が、どれほど本気で「生きたい」と思っているかが重要だと言える。
「お母さん。私、家を出るよ」
ある朝。順子は母親にそう告げた。
「は? 何、急に。順子の通っている大学なら、この家からでも1時間もかからずに行けるじゃない。それに来年には6年生になって、その後には医師国家試験も控えているのよ」
「わかってる。でも私、彼の傍にいたいの」
「彼……?」
順子の母親の脳裏には、あの老人の姿が浮かぶ。結局、順子の母親は、自分が勤める病院に宮本主任教授が来たことを伝えてはいなかった。
「宮本主任教授よ」
「……あなた、別れたって言ってなかった? 1年も前に」
「別れたよ。でも……ずっと宮本主任教授のことを忘れることができなかったの。そんな彼が、末期の胃がんだってわかって」
「死ぬところを見届けたいってこと? お父さんの時は即死だったから」
「違う! そうじゃない!」
順子は母親に珍しく大声をあげる。順子の母親は、娘にこんな風に抗議をされたことがなかったので驚いた。
「彼……生きることを選んだの」
「生きる……?」
「うん。うちの大学の土島主任教授が新薬による抗がん剤治療を提案してくれて。それだったら延命もできるかもしれないって」
「そんなことが……」
宮本主任教授の身体を診たことのある順子の母親は、またも驚いた。市立病院では確かに手の施しようがない状態だったはずなのに、あの状態からでも助かる見込みのある治療法が大学病院にあることに。順子の母親は、医師として、そんな方法があるなら、本当に助かるのかどうかを見届けたいという気持ちになった。
だがそれは同時に、ダメだった時の反動も大きい。初めから期待をしなければ、諦めもつくが、少しの希望を持たされた上でダメだった時は、この上なく苦しい思いをするだろう。
「そんな状態の人の傍にいたいって言うのね」
「……うん」
「本気なのね?」
「本気だよ」
順子の母親と順子は真剣な表情で見つめあう。しばらくして、順子の母親は表情を崩してため息をついた。
「はぁ、わかったわよ。その代わり、成績は落とさないこと。それから医師国家試験も絶対に合格することが条件よ」
「お母さん! うん、私、勉強もちゃんとするよ。ありがとう!」
順子は母親に抱きついたのだった。
その後、順子は宮本主任教授の家に転がり込んだ。とはいっても、宮本主任教授は病室にいることが多いので、家の中で2人きりで過ごす時間は短い。
宮本主任教授の着替えの準備をしたり、家の中の片づけをしたりということに時間を費やした。
もちろん、宮本主任教授が病室にいる時も、なるべく傍にいようとした。
宮本主任教授の容体は、あまり芳しくない。
そのため宮本主任教授自身、自分がこれ以上衰退していくところを、愛する順子に見せたくないという気持ちもあったし、やはりあの時死を受け入れていた方が楽だったのではないかという気持ちもあった。
「順子……私はやはり無理なのかもしれない」
「何言っているんですか! 気をしっかり持ってください」
「しかし……新薬による抗がん剤治療もあまりうまくいっていないようだし、苦しいだけなら私は……」
「宮本主任教授! 治療は始まったばかりです。もう少し、もう少しだけ様子をみましょう」
「だが……」
「宮本主任教授は、大学病院でスーツを着て退官するんです。そして、退官後はまた病院長として大学病院で仕事をするんです!」
「……本当にそんなことが可能なのだろうか?」
宮本主任教授は珍しく弱気になっていた。いや、順子の間であれば、宮本主任教授は自分の弱いところをさらけ出せるようになっていたと言った方がいいだろう。
他の誰の前でも言えなかった言葉を、順子にだけは話すことができた。
「可能にするんです。宮本主任教授が」
「私が?」
「そうですよ! 病気を治すのは薬の力だけじゃありません。宮本主任教授の生きたいっていう気持ちも大事なんです。だから強く、生きたいって願ってください!」
順子は宮本主任教授の手をぎゅっと握る。
「順子……そうだな。それに私には君がいる。君が私と共に生きたいと願ってくれているなら、私は強くなれそうだ」
「宮本主任教授……!」
宮本主任教授と順子は見つめ合い、お互いに力強くうなづき合った。