◇水嶺のフィラメント◇
「戻ったあたしはフォルテと一緒に、フォルテの母親からこっぴどく叱られたのだと思うわ。でもフォルテ自身はあたしを怒ることなどしなかった……彼女はあたしのことが心配で心配で、もう呼吸すら止まってしまいそうだったから。帰ってきたあたしにフォルテは涙を溢れさせて、「これでやっと息が吸える!」って叫んでから強く抱き締めてくれたの。あたしを母のように真剣に叱ってくれるのがフォルテの母親で、母親みたいに愛情を込めて抱き締めてくれたのは……後にも先にもあの時のフォルテだけだったと思うわ」

 アンは感慨深く瞼を閉じて、想い出の中の「あの時」に身を置いた。

「姫さまに抱きつくなんて」とフォルテの母は娘を叱ったが、離れることを嫌がるほど心配してくれたことは、幼心(おさなごころ)にも痛切に理解出来たものだ。

「……レイン以外は、だろ?」

 が、ポツリと一言、メティアの(ささや)きが、一瞬の内に現実へと引き戻す。


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