閉園間際の恋人たち




「蓮君………」

顔面蒼白な私を見て、笹森さんはおおよそを察したのだろう。
静かに手を離してくれた。

「彼が、琴子の今の恋人なんだね?」
「ええ、そうで…」

笹森さんに頷き返すよりも早く、今度は蓮君に腕を引かれてしまう。

「こんばんは。はじめまして、北浦 蓮といいます。琴子さんとは親しくお付き合いさせていただいてます」

蓮君は蓮君で察したようで、まるで牽制するように笹森さんを笑顔で睨んだ。
一方の笹森さんは蓮君のひりひりするような警戒心も気に留めない素振りで、「はじめまして。笹森です」と柔和に挨拶する。

こんな変哲もない夜道で今の恋人と元婚約者が初対面を交わすなんて奇妙な感じだが、ほんの少し前に蓮君への不誠実な考えを過らせてしまった私は、罪悪感が先走って冷静を欠いていた。
互いに名乗ったまではいいものの、ここからどうすべきなのか。
そんな私の躊躇を真っ先に壊してくれたのは笹森さんだった。


「秋山さんとはさっきたまたま(・・・・)お会いしたんですよ。それで少しばかり世間話(・・・)をしていたのですが、別れた後で秋山さんの落とし物に気が付きまして、大急ぎで届けた次第です」

ついさっき私に ”愛してる” と告げた口で、精良を極めた説明を述べたのだ。
嘘ではないが、あやふやに芯を隠した真実を。

「そうですか、それはわざわざありがとうございました。では、俺達はここで失礼いたします。琴子さん、行きましょう」

笹森さんの説明を額面通りに聞いたわけではないのだろうに、蓮君は涼しい顔を見せて言った。
でもそもそも、どうして蓮君がここに?今日は夜までのシフトだと聞いていたのに…
けれど今はそんな疑問を気にかけてる場合ではない。
私はいかにも今夜約束があったという態度の蓮君にあわせることにした。

「そういうことですので、笹森さん、ここで失礼します」

すると笹森さんも優しい笑顔ですんなりと手を振ってくれた。
なのに

「うん、おやすみ。またね」

またね(・・・)―――

そのひと言が、蓮君を刺激した。
握られた箇所に、キュッと痛みを感じた。

笹森さんは平然と優雅に立ち去っていくのに、片や私達には不穏な空気が纏わりついてくる。

「蓮君……?」

ぐんぐんマンションに歩いていく彼に呼びかけると、さらにいっそう強く握られてしまった。
その腕は痛かったけれど、もしかしたらそれ以上に蓮君の心に痛みを与えてしまったのかもしれない……
返事も、一瞥さえもくれない蓮君の横顔を見つめながら、私は恋人にどう謝ればいいのかと、そればかりを考えていた。











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