閉園間際の恋人たち




間もなく《もしもし?レンお兄ちゃん?》と、可愛らしい声が聞こえてくる。
初登場の呼び方に、おっ、と気分が上がった。

「もしもし。大和君、こんばんは」
《こんばんは》
「レンお兄ちゃんって呼んでくれるんだね」
《うん!わくらさんがそう言ってたよ》
「そっか。ありがとう。嬉しいよ」
《どういたまして!》

舌たらずのせいか、言い間違いなのか、とにかく大和君の可愛らしさが全力で俺を包囲していくようだった。
おかげで俺は笑い出したいのを堪えなければならなかった。


「ところで大和君、前に、大和君のお誕生日のお祝いをしようって言ってたの、覚えてるかい?」
《うん!おぼえてるよ》
「もし大和君がよければ、一緒にファンダックに行って、そこで何か大和君が欲しいと思った物をお誕生日プレゼントにする…というのはどうかな?」

比較的長めのセンテンスだったせいで、大和君は黙って少し考えるような間を置いた。
そして

《…じゃあ、ぼく、またファンダックに行けるの?こんどはレンお兄ちゃんもいっしょ?》

まだ完全には理解できてないような感じに、本当に?と確認してきた大和君。
俺はそれを聞いた秋山さんが大和君に何かを伝える前にと、急いで話をまとめにかかる。

「そうだよ?僕がお休みの日だったら、大和君と一緒にファンダックに行けるからね。僕はファンダックのことをよく知ってるから、大和君と…”琴ちゃん” を案内してあげられるよ?どうかな?」

”琴ちゃん” と、秋山さんのことを大和君の呼び方に合わせるだけで、ちょっとドキリとしてしまう。
まるで学生の頃に戻ったような初々しさだなと思ったが、恋愛はいくら経験を重ねてもそのはじまりは毎回初心に戻るものだと、誰かが言ってた気もした。


《本当に?本当にレンお兄ちゃんがファンダックをあんないしてくれるの?》
「ああ。もちろんだよ」
《わぁい!やったぁ!》

大和君はすぐに大喜びの反応を聞かせてくれたが、やはり、その後ろからは秋山さんの注意するような声が混ざってきた。

《……よ。大和、代わって?》
《ええ、やだ、もっとレンお兄ちゃんとおはなししたいのに》
《大和》

大和君の可愛らしい抵抗にも揺るがず、秋山さんは短くも強く名前を呼びかけるだけで窘めた。

《はあい……。レンお兄ちゃん、琴ちゃんに代わるね》

しゅんと勢いを削がれた大和君が気の毒で、俺は畳み掛けるように一方的に約束を告げた。

「わかった。じゃあ大和君、今度一緒にファンダックに行こうね。何が欲しいか、その日までに何個か考えておいてね」
《うんっ!わかった!じゃあね、ばいばい!》


元気が回復した大和君に代わって、《もしもし、あの……》という秋山さんの何とも言えない声が戻ってきたが、俺は一歩も引かないつもりで秋山さんにプレゼンを開始したのだった。









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