優しい嘘

これ以上

秘密を共有してから、咲久と俺の距離は以前より縮まったように思う。二人で出かけたりすることも増えたし、一緒の部屋で過ごしたりすることもあった。
父親は気付いたことに気付いたかもしれないけれど、母親への愛が勝ったのだろう、何も言わなかった。
咲久は妹だけど、それ以上に特別な存在だと思うようになっていた。お互いに言葉にしてはいないけれど、それは咲久も同じだと思う。そう思えるくらいには距離が近かった。
でも、それは傍から見れば違和感のあるものだったのかもしれない。父親と俺以外の人間は咲久のことを男だと思っているし、いくら兄弟だといってももう互いに成人男性だ。
その違和感は母親も感じ取っていたようだった。
だけど、俺は咲久に対する愛しいという気持ちを抑えきれないようになっていた。

「咲久、プリン食べよう」
「やった」
「部屋で待ってる」
「光輝と咲久、最近よく一緒に過ごしてるわね」

母親の言葉に、冷蔵庫からプリンを出した俺と、風呂上がりの咲久が思わず顔を見合わせた。

「俺たち兄弟だよ。普通じゃない?」

俺は上手に言い訳できていただろうか。
嘘を吐くことは確かに褒められることではない。でも、この嘘は母親を守る、そして家族を守るためのものだから許してほしい。

「そう?」
「そうだよ。ね、咲久」
「うん。俺たちが仲悪かったら、父さんと母さん大変だよ?」

咲久の発する、俺、という言葉。咲久はいつになったら本当の咲久に戻れるのだろう。これは優しさから始まったことだけれど、嘘を吐き続ける背徳感も確かにあって。
だけど、俺といるときだけ本当の咲久でいられると言ってくれるのは純粋に嬉しかった。

「この間、ご近所さんがあなたたちを見かけたらしいの」
「どこで?」
「街中。まるでカップルみたいだったって」

俺は持っていたプリンを落としそうになったし、咲久は髪を拭く手が止まっていた。
どこで、誰が俺たちの姿を見たのかはわからないけれど、その伝え方はポジティブな表現ではない気がした。単純に、兄弟仲が良くていいね、ということではなく、兄弟、男同士なのに、という刺々しさを含んでいると感じる。
もっと外での目を意識するべきだった。外だと咲久が自然と女の子らしく振舞えるからと思っていたけれど、いい面ばかりではなかった。
母親は咲久のことを男だと思っている。同性愛も世間的に受け入れられる世界にはなってきているけれど、自分の息子たちがとなれば話は別なのかもしれない。

「それは…」
「母さん」

俺の声に、咲久が声を被せる。咲久は母さん、と言葉にした。少し、震えているような気がした。

「母さん、俺」
「ただいま」

咲久が何かを言おうとしたとき、父親が帰ってきてリビングのドアを開けた。
一度はこの空気に不思議そうな顔をしたけれど、何かを感じ取ったのだろうすぐにわざとらしい声で母親に話しかける。

「今日のご飯は何?」
「あ、唐揚げ…」
「お母さんの唐揚げおいしいから嬉しいなあ」

そう言いながら俺に目配せをしてきたから、未だ震える咲久の腕を掴んで、俺は二階に上がった。
そして、自分の部屋に咲久と一緒に入る。

「咲久…」
「もう、無理だよ」
「え?」
「これ以上、嘘吐けない」

顔を覆って泣き始めた咲久を抱き寄せる。

「今まで嘘吐いてても何も思わなかった。自分は男なんだって言い聞かせてたから。でも、もう無理。だって、私、女だもん」
「うん、そうだね。可愛い、女の子だ」
「女だし、女でいたいって思っちゃうの」

そのあとに続いた、光輝のせいだよ…、って言葉にどんな意味が含まれているのかわからないほど、俺は馬鹿ではなくて。だけど、これからどうするのが正しいのかわかるほどに、人生経験を積んでいるわけでもなかった。

「咲久…」

唇を重ねれば、涙の味がした。
この間のキスは、もっと甘い気がしていたのに。
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