月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「うん、美味い」

 え? なにこの警戒心の強い猫に懐かれたような高揚感。ただでさえ美人さん眺めているってだけで眼福なのに、こんないい笑顔見ちゃって良いのか、私? 

 気分はどんどんと盛り上がり、なにかを伝えたくなってむずむずする。そして感情のままに言葉を発した。

「今日、来てくれてありがとうね。前回だけでも良い思い出になったけど、今はもっと楽しい」

 今言いたかったのは、感謝の言葉。けれど言いおわった途端、照れ臭くなる。そんな自分を誤魔化すようにビールを飲むと、隣からくすりと小さく笑い声が漏れた。

「乾杯というものを忘れるほど、久しく誰かと飲んでいなかった。私もお前と一緒に飲めて嬉しいよ」

 うわぁ。駄目だ、めちゃくちゃ照れ臭い。こんな素直な言葉、言われ慣れなくて落ち着かないわ。

 暗月になんて返せば良いのか分からず、またビールを飲む。その時ふと、最初のやりとりを思い出した。

 私は、ここにいる。

 うん。確かに。月の世界で一人で酒を飲む暗月を想像して、なんだか切なくなった。幽霊と同じなんて、さっきの私はひどく無神経な反応をしていたんだ。

「暗月は、ここにいるよ。……さっきは、ごめん。また来月、付き合ってくれる?」

 そっと伺うように見つめると、またもやくすりと笑われた。

「もちろん」

 そうして、頭をぽんぽんと撫でられる。その心地よさにうっとりと目を閉じた。さっきまで猫だったのは暗月の方だったのに、今は私の方が猫になった気分だ。

 暗月の隣で心地よいままビールを飲んで、酢イカを食べて、そして心の中で呟いた。

 来月もまた会おうね、暗月。
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