つけない嘘
そう小さくつぶやいた彼の顔が近づき唇が触れた。

それは、ほんの一瞬の出来事で、触れるか触れないかのような淡いキス。

「なにやってんだ、俺」

亮は私から顔を背けソファーにもたれた。

彼の斜め45度を見つめながら、充の存在を忘れそうなほどドキドキしている。

充以外の男性とのキス。

でも、少しも嫌じゃなかった自分の気持ちと葛藤していた。

数時間前までは思いもしなかったことが起こっていて、自分の気持ちが慌ただしく変化していく。

彼からの告白が、一気に二人の距離を縮めていた。

結婚している私が、こんなにたやすく旦那以外の男性に揺れ動くなんて。

亮が営業二課に配属されてからの日々を走馬灯のように思い出す。

その思い出には亮と私の笑顔しかなかった。

でも、たった一度だけ彼の笑顔が消えた日があった。私が結婚すると伝えた日。

まさか、彼が私のことをずっと好きだったなんて思いもしなかったから。

充に愛されているかどうかはっきりわからない今、亮の告白は自分の奥に眠っていた何かを呼び覚ました。

きっと呼び覚ましてはいけない感覚。

「亮」

「ん?」

ようやくこちらに顔を向けた亮はとても険しい表情をしていた。

きっと私にキスしたことを後悔してる。

「ロンドンに行っちゃった後も時々連絡してもいい?」

彼は自嘲気味に笑うとうつむき答える。

「結婚してるってわかっててキスまでしちまうような相手だぞ?もう完全に切った方がいいんじゃない?」

「メールくらい問題ないでしょう?」

「ひょっとして、俺に気を遣ってそんなこと言ってくれてる?」

「違う。大切な仲間だからだよ」

「仲間、ね……結構残酷なこと言ってるって自覚ある?」

「もちろん」

そう言った私の顔を見て、亮の表情がようやく和らいだ。

「ほんっと、お前って……」

「お前って……で、続きは何?」

「ノー天気っていうか」

「馬鹿って言いたい?」

「そこまでは言わない」

亮はプッと吹き出して笑った。

私もそんな彼を見て笑う。

そうだ、この笑顔がずっと好きだったんだ。ピンポンボールみたいにくだらない会話の後のはにかんだ笑顔。


今、亮に対して仲間以上の気持ちが私の中に潜んでいた。

どういう形でもいいから亮と繋がっていたかったから。

それは、初めて気づいた誰にも言えない気持ちだった。
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